スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[PR] 台湾中国語翻訳

「続ける力」を読んで

 「続ける力」という本を読んだ。著者は司法試験の受験指導者として有名な方だそうで、内容は当然司法試験の勉強が例に挙げられていることが多いが、全般的には司法試験だけではなく、勉強一般、勉強だけではなくスポーツやダイエット、仕事など、継続することで何かが得られるものに役立つ内容となっている。

続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書) 


 語学の勉強は、継続してコツコツ努力を積み重ねなければならない勉強の最たるものだと思う。一夜漬けなどしてもテストで点を取ることは出来ても、本当の語学は身に付かないし、3日で分かる、というような本が時々出ているが、語学の分野では他分野以上に無理であろう。しくみを大体把握し、それ以上勉強する興味があるか判断する材料にする、という程度にしかならない。

 この本の内容は、「王道」とタイトルにあることからもわかるように、画期的な方法は特にない。ただ、ヒントになることはあったと思う。

- 遅れは取り戻すのではなく、リセットする。真面目な性格だと、まず予定していた勉強の出来なかったことを済ませた後、次に進もうと考えるが、遅れは出るものと考え、計画を修正し、リセットしながら勉強を続けるのが良い、という話は参考になった。

- 勉強計画を定期的に見直す。試験日が決まっており、合否をかけて勉強する司法試験と趣味でやる語学の勉強では自ずから性質が変わってくるが、試験がなくても、計画を見直すことは必要だと思う。やった方が良いと思っていた勉強が必要でないことに気が付いたり、もっと別なことが有効と考えられることもあるからである。

- 教材ややり方をどんどん変えるのは良くない。考えて選んだ教材なり学校なり方法は、一定期間続ける。これも分かっていそうなことだが、いろいろと良さそうな教材を見ると買いたくなるが、とりあえず一定の方法で続けた方が、あとで良いにしても悪いにしても、改善点、継続点などの判断が出来るという話で、納得が行った。

- いろいろな意見に惑わされない。情報が多い現代の欠点だと思われるが、選んだ教材、学校、勉強法の批判や悪口を見かけて、不安が生まれることはある。人はそれぞれであり、無責任な意見も多いので、気にしない。司法試験は受かる人より落ちる人の方が多いので、人と同じやり方では落ちるという話がちょっと笑えた。

- 自分にとって気持ちよく続けられるような教材、学校を選ぶ。好感が持てるところが長続きしやすい、ということで、自分の直感を信じて良い。好みなので直感が大事、というのは納得がいった。

-スランプになるのはがんぱっている証拠。これには励まされる。イタリア語はまだスランプになるまでやっていないが、スランプになるまで続けよう、という気になった。

また、毎年教材を全部買いなおして勉強を続ける、という人の例が出ていて、司法試験のように何度も受けることが多い試験は一年勉強したら新たに新しい教材で再開、というやり方もあるのか、と思った。回して使った方が経済的だし、すでに下線や書き込みのあるテキストに愛着も感じるのだが、モチベーション維持に一役買うかもしれないとは思った。

他にも素直に基礎を勉強する人、人前で恥をかくことを恐れない人が伸びる、というのは語学でも大いに言えることだ。


 その他、なんとなく漠然と思っていたようなことが書かれており、この考え方でいいのだな、と思い安心した。

 後段、同じ著者ではないのだが、前に読んだ「ぶれない人」という本と重なるところがあり、不思議な縁のように思えた。
スポンサーサイト
[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

語学教材付録のCD

  「30日で学べるイタリア語文法」の付録のCDをまとめて聞いてみた。1時間程度の録音である。これは会話の本ではないので、この手の本のCDによくあるように例文が坦々と録音されている、ごく普通の内容のCDである。効果音などは当然ない。

 聞いてみて改めて思ったのだが、この手のCDにもいろいろなパターンがある。この本のCDは、各章の題名を日本語で言って、その後イタリア語の例文、日本語訳、という順序で録音されている。繰り返しのためのブランクはない。CDによっては日本語はほとんどなく、外国語の例文のみ、ということもある。会話を扱っている教材だと重要単語が録音されていることもある。

 どういうCDが教材として良いのだろうか。使い方にもよるので一概には言えないが、私は本を読みながら一文ずつCDを聞くのではなく、本は見ないで録音だけまとめて聞くことが多いため、日本語はあまり入れないで外国語だけ聞くほうが耳に心地よいし、リスニングに集中できると思う。この本のCDのようにイタリア語、日本語が一文ずつ交互に録音されているものは、個人的には好まない。日本語を聞いて外国語ですぐ言ってみる練習はやっていて楽しく、練習効果もあると思うが、このCDの順序だと外国語が先になっているので、そういう練習には使えない。イタリア語、日本語と聞いた後で一度CDを止めてイタリア語を言う、ということが考えられるが、実際にはいちいち止めるのが面倒だし、外国語で言えなかった場合、戻って確認する操作も面倒である。

 このCDは本のどの部分に相当する録音なのか分かるように、章や節の題名や番号が日本語で録音されている。カセットの場合、聞いた内容を本で確認したい時に本のどこに書いてあるのか分かるよう、章や節も同時に録音してあったほうが便利だが、CDだとトラック番号で分かるのであまり細かい情報まで録音する必要はないように思う。ただし、この本のCDは、一日ごとに1トラックになっており、一日の中のどの節の例文かは番号を言ってくれないと分からない。トラックを細かく入れれば番号は言う必要はなくなるのではないだろうか。

 CDの使い方は、学習者の習慣や好みにもよるし、全くの入門者なのか前に少し勉強した人なのかでも変わってくるだろう。全くの入門者であれば、本を読みながらその都度、音声を確認する方が安心だし分かりやすい。既に学習経験がある場合は、CDを聞ける環境になくても本だけで勉強を進めていく方法も考えられる。

 私の理想としては、外国語だけで例文が続き、次は同じものを日本語、外国語の順に入れておいていただけると、とっさに翻訳する練習が出来るので便利だと思う。スキット中心の教材でもこのパターンで良いと個人的に思う。そしてこの本のように文法を学習する教材の場合は、例文だけでなく動詞の活用表も録音していただけると耳から活用が覚えられて助かるのだが、録音時間が長くなるせいかそういう教材に出会ったことがない。文法解説書の場合はそもそもCDが付いていないことも多いので、CDがあるだけ幸運、と思うべきなのだろうか。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

イタリア語の「これだけは」勉強法

 前に比べて忙しくなってしまったのでブログ更新を怠っているが、イタリア語の勉強だけは続けている。思うように進まなかったり、予定していた勉強が出来なかったりで、順調とは言えないが、それでも止めないで続けているということで良しとしようと思うようになった。

 さて、自主勉強でいろいろ予定を立てたりしてやり始めていたことが中断しがちになってきたので、イタリア語クラスの宿題だけは、と思うようになった。(それも出来なかった超多忙な時もあったが。)イタリア語クラスで使っているテキストはイタリアで発行されたProgetto italiano nuovoというテキストで他にプリント類を大量に使っている。そういうプリントが宿題になることもあるのだが、テキストの副教材であるワークブックProgetto italiano nuovo eserciziの練習問題が宿題になることも多い。そこで、このワークブックの宿題だけはかならずこなし、その分に関しては単語を調べたり、動詞の活用を復習したりしている。それも宿題と同時に出来ないことが多いのでワークブックの隅に緑色で見直すべき単語や項目をメモし、後でそのメモを見て別のノートにまとめるなどして勉強している。

 さらに、文法事項は大体把握しているのだが定着していないし、まだ勉強した知識がなかなか発話に出てこないレベルであるので、来年同じレベルをもう一度やっても良いかもと考えていたのだが、それでは進まないし、もったいない、と考え直し、出来る限り今年の分の復習をしてレベル分けテストに臨み、その結果によって決めようと思い直した。それで宿題を済ませるだけではなくワークブック(結構高かったのだ。)を活用すべく、レッスン1から各課のまとめテストをやって8割取れなかったら関連事項をワークブックでやり直す、このときも宿題と同様、見直すべき事項や単語を緑色で余白に書き込み、少し時間が出来た時に緑色メモの部分を参考に復習、ということをやっている。何とか9月までにこのワークブックを終えられることを目標にしているのだが、大体終える、という程度でも良いかもしれない。

 こんなわけで、勉強だけやっていれば良かった時に比べて大人の勉強というのは何かと複雑だ・・・と思ったりしながら、でもだからと言ってあきらめないのが大人なのさ、と思っているこの頃である。


[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

ネイティブが直接教えるダイレクトメソッドの長所、短所、サバイバル方法

 イタリア語の習い始めたことは先の記事に書いたが、実はイタリア人の先生がイタリア語で教える授業で、フランス語での解説はほとんどない。私はこういうダイレクトメソッドで語学を勉強するのは初めてではなく、今までに英語とフランス語を勉強したことがある。

 最近この学校に通ったことがあるという知人と話すことがあった。その人は外国語が堪能で語学の才能があるとされている人であるが、途中でついていけなくなってやる気を失くし止めてしまったと言っていた。ついていけなくなった理由は、ずっとイタリア語で説明していてさっぱり分からなかった、ということらしい。

 私もイタリア語クラスにいて思うのだが、今までのダイレクトメソッドの時よりも自分の理解度が低い気がする。英語は何年も真面目に勉強した後でネイティブの先生の授業を受けたので、先生が言うことはほとんど全部分かる状態だった。フランス語は英語ほどではなかったが、今思い出してもクラスの中では分かっている方に位置しており、「え、今の何?」という瞬間はほとんどなかった。

 今のイタリア語のクラスでは、もらうプリントには知らない単語がたくさんあるので授業中にそれを調べたり後で調べるために線を引いたり、と忙しく、他の生徒が話している内容が全部分からないこともある。

 ここで思うのはダイレクトメソッドの長所と短所である。ダイレクトメソッドには他の言語で説明するメソッドにはない良い点があるのは確かである。ネイティブの先生の自然な発話は場面に合っており、頭に残りやすいし、学習内容が現実(動作、その時その場の話題)に直結しているので不思議と記憶に残る。何より、学習言語のリズムというか音声が自然に体に染み付く感じで、授業を終えて外を歩きながらも、この場合ならイタリア語のリズムなり抑揚が体の中に流れているように感じられる。こういう経験を繰り返すと発音もよくなり聞き取りも上達すると思う。さらに翻訳に時間を取られないので授業中に扱う原文の量が多く、ネイティブの先生は量が多かろうと多少難しかろうと、恐れずどんどん投入してくる。また何度も耳にするので自然に覚えてしまう要素も多い。無謀に難しいテキストを読まされた結果、どうにかなってしまった、ということを経験したのはいつもダイレクトメソッドである。他の言語を介さず学習言語のみに集中し、その中で何かをつかんでいくやり方は有効であると思う。

 ただ、短所もやはりある。知人が言っていたように、分からない場合、さっぱり分からなくなってしまう危険がある。自分も発言できず、他の人の発言も、先生によるフォローも分からないとなるとやはり面白くないし、やる気もなくなる。また、ダイレクトメソッドは、生徒に一種の勘が必要で、勘が働かない場合、難しい。また先生は生徒の勘に頼ってあまり細かく説明しない傾向に陥りやすい。文法の説明ももちろんあるのだが、文法用語が既に外国語であるので、それに慣れるのに時間が必要で、既に知っている言語で説明を受けるのに比べて学習者の労力が増えると思う。

 以上のような短所を考えると、ある程度知識を持った言語の学習にはダイレクトメソッドは効力を発揮するが知識ゼロの言語には効率が悪いように思う。

 今回イタリア語のクラスをどう乗り切るか、であるが、私が思うに、とにかく復習、自習を強化することである。文法事項を復習し、特に会話で必要なので動詞の活用をチェックする。授業では辞書を使ってその場で調べたり、先生に質問したりして単語の意味を知り、話題についていく、気になる点はメモして後で調べる、などである。そして授業ではなるべくいろいろ発言し、参加する、これに尽きる。そして100%分からなくても気にせず、努力を続けることだ。

 というわけで、最近イタリア語の勉強に努力しているのである。
[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

テキストなしで聞くNHK「まいにち中国語」

 木曜日にやっと「まいにち中国語」のテキストが届いた。2週間近くテキストなしで聞いたことになる。

 届いたテキストの写真で先生やゲストの顔を見て、「こういう人たちかー。」と妙に納得する思いだった。

 しかしこれからしばらくは、引き続きテキストを見ないで講座を聞いていこうと思っている。今回の講座は入門編なので、今まで挨拶と発音の練習をしていた。実は私は独学なので挨拶はほとんど知らないで過ごしてきた。必要ないし、使わないし、興味も特になかったからだ。たまたま過去2つ聞いたNHKの入門編でもあまり挨拶は扱っていなかったように思う。今回まとめて練習できて良かったと思っている。

 テキストなしで番組だけ聞いていたので、今日何をやるのかも分からない。今までもスキットを聞くときはテキストは見ないようにしていたが、それでもテキストを持っていれば、少しは見えてしまうし、今日の内容はこういうことか、という簡単な予備知識を持って聞くことになる。今回は全くテキストがないので、それすらもなく、毎日の放送を「今日は何をやるのかな。」と思いながら聞いていた。これが良かったと思う。集中して聞くことになるし、書き残したくてメモを取ったこともあった。

 発音についても中国語は3年目なので、発音練習用にはっきりと発音しているので、音を聞いていてピンインが分かることに気がつき、ちょっと自信が持てた。テキストを持っていたら、書いてあることが見えてしまうので自信も持てず、退屈しながら聞くことになったかもしれない。

 4月中は問題が分からないと出来ない「耳だめし」のコーナー以外はテキストを一切見ない、予習もせず、必要のないページを先にみない、ということに決めた。

 テキストがあって有難かったのは「今月の歌」のコーナー。歌詞を見ながら歌を聴けたのでうれしかった。ピンインを無視して歌になっているように聞こえるが中国人はこれで意味が分かるのだろうか。松任谷由美のもとの歌はどういう歌なのだろう、と思ってiTuneで探してみたが入っていなかった。

 あと印象に残ったのは“哪里,哪里”というのを教えると、日本の大学生は大抵笑う、という先生のお話。「なーり、なーり。」と聞こえるのが面白いのだろうと想像したが、「外国語って面白いですね。どんどん笑って勉強しましょう。」という言葉で先生の人柄が分かるような気がして、親しみを感じた。そう、外国語って笑える時があるのだ。イタリア語の「引っ掛ける」は「うんちなーれ」。笑えるではないか。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

Learn or Study?

   先日アラビア語を勉強していて思ったことがある。普段、相性が悪いのか全く単語が頭に入らないこの言語の学習には苦労している。そもそも学習できているのかも怪しい、と思ったりしている。それでも続けているのは相性が悪くてもどこまで出来るのか知りたい、という変な実験をしたい気持ちになっているからだ。

 以前にも書いたようにテキストを書き写していく単純な学習方法を実行しているが、数日続けて同じ文を写すので、何回か書いていると書きながら単語の意味を覚えていることに気がつく。それと同時に、覚えているのは単語の意味ではなく文全体の意味で、独立して見たらこの単語の意味なんて分からない、と思ったりもする。

 ところが同じ学習書の練習問題をやっている時に、別の文脈になっているのに単語の意味、そして文の意味が分かった。これは私にしては素晴らしい、と喜びながらも「じゃあ○○のことをアラビア語で何と言うの?」と問われても答えられないことに気がついた。これはどういうことだろうか。

 外国語を聞いて分かるけど自分が話すことは出来ない、という人が世の中にはいる。。うちの長男なども理解できる日本語と本人が話す日本語のレベルに大きな隔たりがある。難しい本を外国語で読めるけれども、単純な文章しか書けない、ということもよくある。受信能力はあるが発信は出来ないということらしい。

 アフリカの言語やアメリカ・インデアンの言語の研究者に会ったことがある。幾つもの言語を比較したりする研究で、各言語の特徴などもいろいろ把握しておられ、学習する書物すらないような言語なのに、と感心したものだ。でも考えてみれば、この研究者たちは研究対象の言語を流暢に話したり、読み書き(書き言葉がない場合も多いが。)は出来ない可能性は大いにある。でも研究には差し支えない。その言語を運用する必要はないからである。

 つまりstudyはしても learnはしない。learnして話せない、使えないということはあり得ないが、studyのみなら使えなくても当然である。また learn はしたがstudyはしていない、というケースもある。話せるが文法などは知らない、ということも多いからだ。

 こう考えると私のアラビア語は常にstudyの対象だったと言えよう。運用する必要もなくそういうことを目標にして勉強していない。知的興味の対象なんだから単語なんて覚えられなくてもいいのさー、という結論になるわけだが、それでは勉強に不便なので今後も努力は続けていくつもりだ。とりあえず見て分かる単語の数を増やしていきたい。

 子供の漢字学習も読めるようになったあとで、書けるようにすることを目標にするらしいので、単語も同じだ。本当は「○○って何て言うの?」と問われて知らないのでは、それは覚えていないということだと思うのだが、まあ、堅いこと言うなよ・・・。

 

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

「夜間飛行」を読み終えて

 私にしては珍しく精読を始めることになったこの作品、サンテグジュペリのVol De Nuit 夜間飛行」を昨日読み終えたので一言書き残しておこう。

 この作品を精読することになったいきさつは別記事(→こちら。)で述べたが、(メインブログの関連記事は→こちら。)朗読CD を牽引力のようにして読み進むつもりでいたが、半分ぐらいから話が面白くなり、朗読CDは無視して読み進んでしまった。読み終えた今、改めて朗読をゆっくり聞こうと思っているところだ。

 精読の精度はどんどん落ちていった気がするが、最後まで「辞書を引く」という姿勢は崩さなかった。一度に1章のつもりでいたが、一気に3-4章読んだこともあった。1章が短いものだと3ページに満たないのですぐ終わってしまうこともあるが、続きが読みたかった、たまたま待ち時間などで暇だった、という好条件が重なったからだ。

 一日一章、と当初思っていたがこれは守れず、結局読了に一ヶ月ぐらいかかった。短い作品なのにこれほど時間がかかったのは辞書を引くことにこだわったからだ。外出先に辞書やノートを持っていくのに抵抗があって控えたこともある。でも後半は外出先にもロワイヤル・ポッシュ仏和・和仏辞典 (実はこれのほうが電子辞書より軽くて小さい。)を持ち込んで膝の上でノートに単語を書いたりもした。今見ると字が乱雑なのでどの箇所か分かる。

 調べた単語の数は一番多い第一章で29語、少ない章ではゼロ、1語とか2語、3語の章もある。書き出した分は小型のノートの14ページ分にあたる。

 この本は描写が誌的で美しいのも魅力だが、人間の尊厳や命、使命、愛などいろいろなことを考えさせらるのも面白い。でも決して堅苦しいわけではなく、冒険ストーリー的な要素もある。それでいて淡々とした無駄のない文章で、人気の高い作家だというのも納得がいった。「星の王子さま」とは全く違う顔を見せていると思う。というより、こちらの方が本当のサンテグジュペリなのではないだろうか。飛行機乗りでないと書けないような空や空からの眺めの描写は美しく、それだけでも読む価値があるような気がした。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 洋書多読
ジャンル : 学問・文化・芸術

NHKの入門編、何度でも聞ける?

 先ほど、るもんがさんのブログのコメントで、「何度目かの入門編を勉強する時、既に身についている事項の説明が多くなるので、やる気がなくなったり手を抜いたり、もっと詳しいことが知りたい、と思うことはないか?」という質問を目にした。

 確かにこれはNHKの講座の問題点であると思う。英語以外の外国語講座はレベルがいくつにも分かれているわけではないので、聞き続けていくと、入門編を何度も聞くことになる。テキストにあるお便りコーナーを見ていると何年も欠かさず入門編を聞き続け楽しんでいる、というお便りもあるし、女は中国語でよみがえる〈2〉勉強編 という本には中国語の翻訳家である著者がレベル的には簡単すぎるにもかかわらずNHKの講座の入門編を真剣に聞く、という話が出ている。

 私はどうなのだろうか。中国語は今度の4月で3年目にはいり、入門編は再度聞いたものを除けば3回目になる。最初の方は難しくないと思うがまだ退屈せずに聞けるのではないかと思う。中国語は文法の説明がくどすぎないので、入門編も長く聞けるかもしれない。

 フランス語は以前CDのサンプルを聴いてみたことがあるが、応用編でもだるくて耐えられなかったので入門編は絶対無理だろう。ただこれは私がフランスにいてフランス語の生きた教材は身近に溢れており、わざわざNHKを聞く理由がない状況にいることを考え合わせたら仕方がないのかもしれない。

 しかしイタリア語はNHKの講座1年目なのに、文法編の説明が丁寧すぎてまわりくどく苦痛に感じた。だから入門編を初心に帰って聞く自信はない。本当には分かっていないと思うのだが、分かっている気がしてしまい、「そんなことは知っているから知らないことを教えてよ。」、という気持ちになってしまう。語彙がフランス語に似ていて、聞いて大体分かる点も多いし、テキストを読むとほとんど分かったような気がしてしまう。そんなところでいろいろな説明を聞くのが辛くなってきてしまうのだ。だからと言って熟知しているわけでも理解しきっているわけでもないので、良くないのだが、やはりこれからはNHKの講座は聞き取りの教材として軽く使うのが良いのではないか、と思っているところだ。

 中国語を何度も聞いている方が先生によって説明が異なるので面白いし勉強になる、というコメントをしておられた。やはり中国語は先生によって文法アプローチが異なっている言語のようで、何度も入門編を聞いても興味深い点があるのかもしれない。

 イタリア語はその点、文法の説明が固定しており、目新しさがないわりに、初めての方には英語にない複雑さがあって丁寧に説明する必要がある。その辺が前にやったことがある身には耐え難いのだろう。

 思えば入門編を何度も聞いても新しい発見がある、というのは中国語に多い意見なのではないだろうか。フランス語やドイツ語は「入門編は簡単すぎるからもういいや。」という学習者の話を何度か聞いた記憶があるし、私自身かつてスペイン語でそう思ったことがある。

 中国語は文法解釈が何通りもあり、先生によって説が異なるので、何度聞いても知らないことが出てくる、ということなのだろうか。中国語ってすごい言語だな~。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

外国語学習のための精読

 メインブログで触れたが、今サンテグジュペリのVol De Nuit を読んでいる。たまたま朗読CD を聞いてみたら興味がわき、これは丁寧に読まなければもったいない、という気になった。

 私は本の精読は学校の授業でもない限り、なかなかやったことがない。辞書なしで読む読み方が流行っていることもあるし、読んでいるのを中断して辞書を引くのも面倒だ。

 でも、るもんがさんのブログで、フランス語の本を辞書を引きながら丁寧に読んでいらっしゃるらしい様子を読んで、私もやってみたくなった。しかし精読の問題は精読に値する本を見つけることから始まる。興味がないと続かないし、もともと丁寧に読む価値のないものだってある。

 精読に向く本は以下のような条件を満たす本だと思う。

- 内容に興味があり、時間を費やす価値が認められる。

- 一章が短くて区切りがつけやすい。

-分厚すぎない。

この条件の二つ目と三つ目はその方が望ましい、精読がしやすい、ということで入れておいた。精読の難点は読み進むのに時間がかかるので、話を見失いやすい。細かい語法などを見るのはいいが、全体として何が言いたいか忘れてしまうのも困る。それで私は精読するにしても一回に5行とか半ページではなく、区切りのいいところ(例えば章の終わり)まで一度に扱うことにしている。だから一回の分量があまり多いのは困るわけだ。長すぎる本も読了までに時間がかかりすぎて困る。他にも読みたい本はあるわけだし、一冊にかかりっきりになるのも困るのだ。別につまらなかったり飽きてきたりしたら、途中で精読をやめるなり、読書そのものをやめてもなんら問題はないわけだが、やり遂げた喜びだって味わいたい。飽きる前に読み終わる本は目標が達成しやすい。

 読み捨てるのではなくじっくり読むには文学作品の方がいいのではないかと思うが、それは好みの問題かもしれない。でも何度も同じところを読んで味わうのに向く文章となると、やはり文学かな、と思う。

 今回選んだサンテグジュペリのこの本、夜間飛行は上記の条件を満たす理想的な本だと思った。話の内容に興味があるかどうかは好みによるだろうが、味わい深いが簡潔な文体で読みやすいと思う。第一章は空を海のイメージになぞらえていて、海関係の語彙がいろいろ出てくる。こういうのも文学ならではの面白さだと思う。

 さて私の精読の仕方だが、まず本は見ずにCDだけ聞いて大体の内容を掴み、本を読みはじめる。単語や表現で知らないものが出たら、必ず調べる。ときには知っているものも調べる。知っている単語だが場面と意味がしっくりこないので調べたら別の知らない意味があった、ということもあった。読み始めのほうは代名詞が何を指しているのか掴みにくいことが何度かあったが、今7章まで(全体の5分の2ぐらい。)読んだが、3章めぐらいからそういうことはなくなった。

 専用ノートを作り、単語を書き出し、意味を書く。目に留まった表現や文章をついでに抜書きする。意味が分かりにくかった箇所も前後の文章も入れて書き写した。ただの抜書きと分かりにくいところとは色を変えて区別している。分からないところの解釈や説明を書き込んでいく。あとで人(長女や夫)に聞いて自分の解釈が合っていればOKなどと書き込んだ。翻訳はしていないが、単語は日本語で意味を書いている。仏仏辞典の説明はどうしても長くなるので書き込むのに時間がかかる、ということもあるし、使っている電子辞書には仏和しか入っていない、という理由もある。

 一通り読んだら又CDを聞いて、一章を終える。時には前に遡って何章か聞いてみたりする。長い章でも朗読時間が10分を超える章はなく、短いものだと3分ぐらいで終わる。CDの朗読はなかなか味わい深く、何度も聞いても楽しめる。セリフの部分の言い方にも熱がこもっていて、一人で読んでいるのとは違う楽しみがあるように思う。

 CDを聞いてみたことから、じっくり読むことになったわけだが、また別の作品のCDを聞いてみたいと思っている。

 私の場合CDを読み進むための原動力として使っているが、先に翻訳を読んで内容を把握しておく、という読み方もあると思う。大体分かっている話だと読むのが遅くてもイライラしないのではないだろうか。また翻訳と比べながら読むカンニング読書法というのもあるらしい。いろいろな読み方を工夫するのも楽しいものだ。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

出来ない理由

 イタリア語の復習作戦をしていて思うことがある。スキットの日本語訳を見てイタリア語を言う練習をしていて出来ない箇所や間違えてしまう箇所がある。その理由は幾つかに分類できる。

① 単語を覚えていない。 --- 必要な単語を知らないだけでそれ以外の問題はない、ということもある。 → 単語を意識して覚える。

② 動詞の変化を間違えている。--- 今のところ簡単な動詞ばかりなので少ないが時々ある。→ 動詞の変化をチェック。

③ 冠詞を入れる、入れないなど細かい間違いをしている。--- フランス語の干渉で間違うのはこういう部分。これが一番要注意。→対処法があまり見つからない。今のところ、その文を何度も言う、ということでお茶を濁している。

 ③のリストを作ることを考えているがまだ実行していない。間違えた時こそそこを重点的にチェック、というのが学習の常套手段だが、分かっていても徹底できないのが常。③だけでなく①と②と合わせてリストにする、というのもいいのではないかと思う。(思ってるだけじゃダメだって!)

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

アンコール・イタリア語講座、その後

 録音を聞いているので、一時は放送日より進んでいて余裕があったこの講座だが、忙しくて聞けない日が続いたりして大きく遅れ、そうでなくても説明がだるいなどの理由で講座の半分ぐらいしか聞いていなかったので、やる気をなくしてしまった。NHKの講座は放送日にあまり遅れないようにするのが続けるコツだなー、と改めて思った。

 しかしここで「やる気を失くした~。」とだらだらして4月の新講座を待つのは良くない。第一、4月からの新講座も始めのうちはやはり簡単でだるいので夏までだらけ癖が続き、夏は休みで外出が多く勉強のリズムを保ちにくいので継続が難しい・・・。そんなことを言っていると「いつ、やるんだ!」ということになる。

 そこで喝を入れるべく新たな作戦を開始した。言い方は大袈裟だが大したことではない。講座2か月め後半から復習をすることにした。と言っても毎日の講座を聞くのはだるいので一週間のスキットをまとめて聞くことにした。月曜日の講座の最初の部分のスキットを聞いている。スキットの部分を聞くだけで解説やリピートなどは聞かない。リピートは本当は聞いてもいいのだが、毎日の講座の一部に入っているのでその部分を探し出しのに時間を取られそうなので割愛した。やり方は大体次の手順。

  • スキットを聞いて意味が分かればOK。分かりにくいところがあったら全体を何度でも聞く。(今のところ内容が簡単なので2度ぐらいで足りている。)
  • スキットの日本語訳を見てイタリア語で言ってみる。間違えたところがあったら、何度でも全体を繰り返す。口頭でやることが多いが、筆記することもある。
  • 放送の録音についてシャドウイング。今までにやったことがない練習だが速くて文が長いときは意外に難しい。これは出来るまで何度もやることはしていない。出来るところをやりながら数回やって飽きたらやめている。
  • その後、テキストを見てその週のまとめの練習問題のページを真面目にやる。スキットの練習をしているのでこの練習問題は困難なく出来ることが多い。気が向けが同ページの例文もちょっと見る。

これが一回分。25回程度で半年分の復習が出来ることになる。最後の方は文法などが難しくなって一回でこれだけ出来ないかもしれないのでもう少し時間がかかるとは思うが、このやり方で3月末まで復習を続けようと思う。

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

ボイスレコーダー購入

 別件で録音したいものがあり、そのためにボイスレコーダーを購入した。59ユーロだったのが、これがなかなか使いやすくて感心してしまった。オリンパスのVN3500PCという機種だ。

dictaphone
 モノラル録音であるが音楽の演奏を録音したのが、思いのほかきれいに入っていた。携帯電話のような大きさで使っていても目立たず、かさばらず使いやすかった。内臓マイクの感度も良いようだ。PCへのコピーも素早く、使い方もごく簡単だ。54時間録音できるというので容量も十分だと思う。ホルダーが5つあり、その中にファイルを整理できるようになっている。

 日本のサイトで調べてみると、フランスで売られているこの機種は古い機種のようで、同種の新しいモデルがいろいろ出ていた。最近の機種ではOLYMPUS ICレコーダー Voice-Trek V-13 が本機にかなり近いようである。

 間に合わせ的にすぐ買ったのには理由がある。今後語学の勉強に活かせないかと思ったからだ。前から購入を考えていたのだが、直接的きっかけがなく、今まで買わずじまいだった。

 さて、どのようにこれを使うのか・・・。

  • 覚えたい単語や文を自分で録音する。
  • 他の語学教材のCDなどを再生して、必要な箇所だけを録音、繰り返し聞けるようにする。

などを考えている。使い慣れないものなので、今後どう使うか考えて楽しみたい。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

「語学はやり直せる!」を読んで

 黒田龍之介著、「語学はやり直せる!」という本を読んだ。楽しい本だった。この著者とは気が合いそうな気がした。

   語学はやり直せる! (角川oneテーマ21)

 語学学習の楽しさにはいちいち共感したし、書き方が面白くて楽しんで読めた。語学をこれから始めたい、やり直したいという方を励ますための本のはずが、後半、語学のプロの心構えや勉強法の話になってきてちょっと脱線しているように思ったが、私には面白かった。その後また語学学習の話に戻っているので本としてのまとまりは一応ついている。

 語学学習で突き当たる壁の話があり、私の語学学習に照らし合わせ考えさせられた。語学の壁は大きく分けて3つあると言う。

①発音が上手く出来ない。
②文法が理解できない。
③単語が覚えられない。

 中国語を一人で始めた時すぐに①の壁にぶつかった。でも私は一応音声学や音韻論を学んだ経験があるので、自分が発音できなくても、どこが違うのかある程度掴めたし、どのように練習すればいいのかも今までの経験で分かる気がした。だから中国語の発音は手ごわい、とは思ったが躓いてしまうほどの壁にはならなかった。今も中国語の発音は難しいと思っているが、それが学習の妨げにはなっていない。

 ②の文法は難しくても注意して解説を読めばいつかは理解できるし、練習を重ねればいつかは頭に入る、とずっと思ってきた。文法が苦手、という人の多くは文法用語が理解できていないことが多い気がするのだが、私の場合、言語学を専攻していたので文法用語に抵抗がなく、フランス語や英語の文法用語だって覚えたわけで、文法用語のせいで語学学習に支障が生じるなどあり得ない、と自負してきた。しかし最近になってこれは西欧語に限る、ということに気がついた。私が学んできた文法用語は西欧語を基準にしているらしいことに中国語を勉強していてやっと気がついたのだ。

 中国語をやっていると耳慣れない用語が出てくるし、用語の指す内容がどうも納得が行かなかったりもして、つまらぬところで引っかかりを感じてしまう。用語なんて単なるラベルなので知らなくてもいいのだが、やはりいろいろな説明は用語を使ってなされるので、覚えないと何の話なのか見えないことになってしまう。文法用語が苦手ってこういうことか、と思う。いやはや新しい経験である。しかしこれも今はまだ不慣れなので戸惑っているが、勉強を続けていけば少しずつ慣れていき、いつかは分かってくるはずなので、不便は感じているが不安は感じていない。いつかは理解出来て頭に入る、と信じている。

 ③の単語。これは私のアラビア語の学習を完璧に妨げている。フランス語は学術書もよく読んでいたので日常会話以外の語彙も覚えていると思うのだが、単語を必死で覚えた記憶がない。中国語もイタリア語も単語は特に努力していないが、単語が悩みの種にはなっていない。きれいさっぱり忘れる、ということはあまりないのだ。不完全ながら単語の半分ぐらい覚えていたりするし、前に見た単語は意味を覚えていなくても「あ、これ、前に見た。」と思う。ところがアラビア語は、どの単語も前に見たことがあるような気がすると同時に、全然見たこともないような気がして、話にならない。○○のことをアラビア語でなんと言うのか、と思っても答えられる語が異常に少ない。覚えたはずの語も嘘のようにきれいさっぱり忘れ去っている。私とアラビア語は相性が悪いと思っているのだが、他に何か理由がないか、と今考え中である。

 この本には苦手の克服法が書いてあるようなので、③の単語の続きを熱心に読んだ。何か秘訣があるかもしれない。ところがこの本の著者はあっさり言う。「そんな秘訣はない。自分でいろいろ試してください。」あ、そうですか。やっぱりないんですか・・・。しかしこうはっきり言われてかえってすっきりした。気が晴れた。そうさ、秘訣なんてないさ・・・。

 とにかく覚えるしかないらしい。1000語ぐらいまず覚えるのがいいらしいのだが、私のアラビア語の語彙は100もあるのだろうか、と思う。うーん、今年の目標の一つに「アラビア語の語彙力アップ」を入れよう。今のレベルが低いのでアップは簡単なはずなのだが、なんせ相性が最悪なのでねー・・・。

 こんなわけで、笑いながら楽しんで読んだ部分と自分に引き付けて考えながら読んだ部分のある本であった。この著者に好感を持ったので他の本も読んでみたいと思う。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

外国に住んでいれば外国語が上達するのか。

 最近外国語学習についての本を続けて読んだので、私自身もあれこれ改めて考えてみることになった。最近読んだ本にもこのことが少し取り上げられていたが、

「外国に住んでいれば外国語が上達するのか。」

答えははっきりNOである。

 日本に住んでいて留学経験もないのに英語を話すのが結構上手い人を何人も知っているし、逆に1年以上留学していたはずなのにさっぱり、という人もいる。日本に居た頃、在日15年で奥さんが日本人で子供も日本語を普通に話すのに挨拶程度の日本語しか知らない、というアメリカ人を知っていた。日本語は難しくて覚えられない、と言っていて勉強する気が全くないように見えた。

 フランスに来てからはパリ在住24年という日本人に会ったことがある。その人は「フランス語は結構わかっちゃうので今更ちゃんと勉強する気になれなくて、かえって上達しないの。」と言っていたのだが、そのフランス語の下手さたるや驚くべきレベルだった。上手、下手の評価の対象にすらならないように思えたからだ。話の中で

「『ジュ・シー・ジャポネ』と言ったのね。」

という下りがあったのだが、その発音が美しくないのは仕方がないとしても、女性なのに平気で男性形を使っているのはどういうことか。24年パリに住んでフランス語に男性形と女性形があることを知らないとは、24年間何をしてきたのだろうか、と驚いた。知っているのについつい言い間違えてしまう、ということは外国語ではよくあることだが、この文に限っては知っていれば間違えないと思うのだ。日本人なら勉強の初めに覚えるであろう文で、24年間知っていながら言い間違え続けているとは考えにくい。さらに、「日本語がとっさに出てこなくて・・・。フランス語で書いたほうが早いわね。」と言いつつ書いていたのが全てカタカナで、ますます「この人のフランス語って???」という気分になった。

 だから結論、「ただ長く外国に住んでいても上達しません。」

 しかし当時はただ驚いていて気がつかなかったが、今思うとそれでもこの人は「フランス語は結構分かる。」と思っていたわけで、このことは検証に値するように思う。

 「結構分かる。」ということはそもそもどういうことなのだろうか。本当に分かっているのか当時は疑わしく思ったので何がどのように分かるのか尋ねなかったのが残念だ。(でもまあ、聞いても答えられなかったかもしれないけど。)想像するに、フランス語を使っての買い物などには困らない、何か話しかけられても自分に直接関係あることなら意味が大体分かる、ということなのではないかと思う。つまりアウトプットのレベルは低いがインプットの理解力はある、ということではないだろうか。フランス語で読書をしているようには見えなかったが、日常会話ぐらいは聞いて分かるのだろう。ただ本人が分かったと思ったことが本当に正しいかどうかは分からないので、最低分かるような気がする、ということか。

 訂正する。「外国に長く住んでいると外国語が大体分かるような気がするようになります。」

 しかし、四半世紀を費やしてこれではあまりにも頼りないではないか。やはりただ長く住むだけではなく習得の努力が必要なのだ。そしてそれはその国に住んでいなくても出来る。

 フランス人でも外国語が上手な人がいる傍ら、「留学していないから下手なの。」という人に会ったこともある。留学する機会があるならしてみればいいが、留学できなかったからと言って下手の理由にはならない。留学する前に本国で出来る勉強をしっかりしてから出発したほうが留学の効果が高まるし、留学しないと出来ない、と言っているようでは留学しても大きな成果は期待できない。

 世の中にはとにかく子供を外国へ行かせれば外国語を完璧に習得して帰ってくると思っている親がいるようで、フランスにも多額の費用をかけて子供を外国に送り出している親がいる。もちろん留学をきっかけに語学力が伸びることは大いにあるが、100%絶対というわけではない。こんなことから私自身は外国語習得のためにとりあえず子供を外国に送り出す、というのはやめよう、と思ったりしている。それなりのやる気や目的意識、留学前の基礎学習があってからのことだ。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

外国語学習に成功する人、しない人

 最近待ち時間に白井恭弘著の「外国語学習に成功する人、しない人」という本を読んだ。

  外国語学習に成功する人、しない人―第二言語習得論への招待 (岩波科学ライブラリー)
 
 外国語学習法の本ではあるが、最近の学習理論をコンパクトにまとめてあるので、外国語の学習者ばかりでなく教師や外国語教育に関心のある親や学生にも良い本である。

 この本の著者も指摘しているように、「成功」の定義が曖昧なのだが、ある程度のレベルになった人、ということらしい。

 外国語だけではなく何かを学ぶ時に動機が重要だということは明らかだ。動機は大きく分けて2種類だが、総合的動機付け(その言語を使う国が好きだ、その国の文化に興味がある、など)と道具的動機付け(昇進や昇給に必要、テストで良い点を取りたい、など)とどちらが重要なのか、という点に以前から興味があった。研究結果では短期的には道具的動機付けが良い成果をもたらし、長期的には総合的動機付けが成果につながるようだ。納得のいく話だが、この二つの動機は本書でも指摘されていたが、はっきり分けることは出来ず、最初はテストの得点や仕事のためにやっていたが、次第にその国の文化にも興味が出てきた、ということも多いと思う。

 本書の中で今まで知らないで来た点の指摘があり、私の注意を引いた。学習者の外国語能力がまだ一定のレベルに達していないうちに無理に話させると、学習者は母語に頼って母語の文法を適当に当てはめて変な外国語を話すことになり、それを続けていると、それが固定されてしまう、という話だ。外国語のクラスでは学習中の基本文型や既習事項で間に合う内容で出来る会話のモデルに従って練習していくことになるので問題ないだろうが、外国人同士で無理に話したり、学習者自身で日記をつける、というようなことで起こるのだろうか。私自身は外国人同士で話していて練習になったという経験を多く持つので、この問題がどういうケースで起こるのか分からないでいる。

 「知っているのに使えないでいる知識」についての項もあった。これは誰もが経験のある話ではないだろうか。「学習」=「習得」ではない、ということだが、研究者の中には「学習」が「習得」に変わることはない、と断言する人もいるらしく、それは悲観的すぎるように思う。初めは知識として得たことを実践を通して身に付けていく、というのはものを学ぶときの典型的パターンではないのだろうか。

 あと、ショックだったのは「外国語を話しているときは頭が悪くなる。」ということが実験で検証されているらしいことだ。外国語レベルを高めないと、言語処理に忙殺されて脳の機能が下がる、ということらしい。英語の研究発表を聞くときは内容を理解するので精一杯で発展的な質問事項など出てこない、という経験をしたことがあるが、なるほどそういうことだったのか。

 もっとすごいのは「教えることで効果はあるのか。」という問いだ。そりゃああるでしょー、と言いたくなるが、研究結果でも「教えた場合の方が教えない場合より効果が高い」、という結果が出ているそうだ。一安心・・・。外国で適当に子供を遊ばせておけば外国語を覚える、というのも場合によりけりで、やはり教えた方が習得が確実で早められるであろう、ということだ。

 付録にある外国語学習のコツには、今までにいろいろなところで聞いてきたことや私自身が思っていることがまとめて書いてあった。「文法」については基本的なもの、つまり文を作れるレベルまでマスターするのが良い、とあり、これは私が中国語の文法の勉強の目標として考えていることなので、嬉しく思った。

 しかし、この本、分かりやすい内容で読みやすいのはいいのだが、値段が高い。1100円なのだが、時給(?)換算するといくらなのだろう。すぐに読み終わってしまったので、ついついこんなことを考えてしまった。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

カトー・ロンブーの外国語学習についての本

 以前このブログのコメントで言及された方がいらっしゃったので、取り寄せて読んでみたのがこの本、カトー・ロンブー著「わたしの外国語学習法」である。

わたしの外国語学習法 (ちくま学芸文庫)

 有名な本らしいのだが知らないでいた。しかし、この本、特別内容が難しいわけではないはずなのに、読了するのに妙に時間がかかった。訳がこなれていないのである。試験の和訳じゃあるまいし・・・と言いたくなる、いかにも翻訳しました、という文が多すぎて読みにくかった。

 それはともかく、この本の内容だが、学習法よりも通訳の仕事についてのエピソードの方が多いように思われた。それはそれで面白かったので、まあいいのだが。

 さて学習法についてだが、やはり生半可なことでは外国語は習得できないな~、と思わざるを得ない。何もこの本に限ったことではないが、「○○勉強法」というのは大抵、出来そうでいて出来ない、分かっているのに実行できない、ことが書いてあるものなのだ。だったら読むな、ということになるのだが、ついつい読んでしまう哀しい習性なのだ。

 しかしせっかく読んだのだから、具体的に参考になったことをここにメモしておこう。

 学習言語の本をとにかく読め、という勉強法は多い。(シュリーマンも確かこの方法を推奨していた。)しかし何を読むのかまでは書いていないことが多いが、この本には例が挙げてあった。フランス語の場合André Mauroisがお奨めらしい。恥ずかしながら知らない作家で、書店で探してみたが見つからなかった。ネットで探してみるか・・・。しなやかで自然な文体なのだとか。ぜひ読んでみたいものだ。

 さて読み方だが、この本が挙っているところでは辞書を使わずに読み進め、とは書いていない。それどころか

「作品としつこく付き合うだけの辛抱強さがあり、幾度も幾度もそれを分解し、また継ぎ合わし、再びズタズタに切り裂いては、元通りに戻してみるということをやっていくならば、そこから実に多くのことが学べるはずです。」

と書いてある。確かにそうだろうが、気軽にできる勉強法ではないだろう。

 単語の暗記法、という章があり、コンテキストから切り離さず覚えろ、と書いてあったように思う。「単語の暗記」というものを意識してした経験が少ない不真面目な学習者としては、自分のやり方というものが確立していないので参考になる点もあるかと思ったが、特別なやり方はないようである。

 「アルファベット順に順序立てしないような単語帳を自主制作すること」

というのがある。その単語を見たときの状況や気分が記憶に作用するからだと思う。これは単語帳という名前ではなく、特に制作する意図はないのだが、昔から私がやっていたことだ。ただ、書き留めてもその後見ることが少ないので活用できていないのだが。

 ラジオ放送を利用しての勉強法があり、これが参考になるかもしれないと思った。ラジオ番組のポッドキャストを利用するようになったので、勉強に使えないかと思い始めたからである。やり方は考えてはいたがまだ実行していないやり方に似ていた。

 聞いていて分からない単語に出会うとそれをノートに書き留め、放送終了後辞書で調べる。それからすぐにではなく一、二日おいてからその語彙を単語帳に書き込む。

 すぐ書き込まずに時間をおく、というところが良さそうだ。このことで同じ語に2度触れることになるからだ。

 さらに録音したものを、その時点で必要な限りのことをそこから絞り出しきるまで何度も聞き、消さずに取っておく。

 私のポッドキャストは一度聞いて「ふーん」と思ったら消しているので、勉強用にしようと思ったポッドキャストは語彙を調べ保存するといいかもしれない。

 これを実行するには、何度も聞くに堪えうる内容の教材があるか、ということにかかっている気がする。つまり難しすぎては使えないし、簡単すぎても駄目だ。聞いていて分からない単語が一つぐらいでは何度も聞く気はしないだろうし。

 発音に注意を集中する。

 自国にいて独学の場合、ラジオ番組の自然さは練習になると思う。語学学習用の不自然な録音ばかり聞いていては上達しないと思うからだ。

 学習に利用できそうに思うポッドキャス番組があるのだが、2-3分間のポッドキャストで知らない単語は一つか二つだと思うので実行できそうに思う。フランス語のラジオ番組で以前から面白いと思っていたのがポッドキャストできることがわかったのだ。いずれメインブログで紹介するつもりだ。私のイタリア語や中国語はこういう勉強をするレベルではないように思うが、きっとこの本の著者ならそういう余計なことは考えず、ラジオや原書に挑戦するのだろうなー。イタリア語はともかく中国語のラジオは苦しそうだ。

 そして外国語学習の10の教訓というのがある。抜粋、要約してみる。

① 外国語は毎日学習すること。全く時間がないなら最低10分はやること。(これはやっていると思う。)

② 学習意欲が減退しているときは自分を鞭打たず、別の形でやる。(学習を完全にやめなければいいと思っているので、これも自然にやっていると思う。)

③ 文脈から引き離して覚えこまない。(これは覚えこむ努力をそもそもしていないのでやっていない。)

⑤ あらゆる物事を頭の中で訳してみること。(これは昔やっていたことがあり、有効だと思うが、初級レベルの外国語では実行しにくい。)

⑧ 四方、八方から同時に襲撃せよ。(一つの本だけコツコツやる、とかそういう大人しいやり方では進まないだろう、と最近考えていたところで、まさにこれだ。)

⑨しゃべることや誤りを恐れず、直してくれるように頼み、直されてもいじけない。(これは重要なことだ。しかし、しゃべる機会に恵まれ、直してくれる人がいる環境にいる学習者でないと無理だ。)

⑩ どんなことがあっても自分は目標を達成できるのだ、と固く確信する。(これは語学学習に限らず何かを成し遂げるために必要なことだろう。しかし目標が特にない私はどうなる?続けるのが目標なのだが、それじゃ甘いな。)

 というわけで、「学習法」と言ってもコツコツ努力する以外に特別なことはなく、誰でも出来るようで出来るものではない、といういつもの結論に至ってしまう。世の中、そんなに甘くはないのだよ・・・。とにかく勉強するしかない、ということだ。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

iPodとiTuneってやっぱり便利

 1ヶ月間、仕事で忙しかったのでブログを休んでいたが、それでも語学学習だけは続けていた。毎日の通勤中にNHKラジオ講座の録音を聞く、など最低限のことしか出来なかった日も多かったが、何もしなかった日もほとんどなかったと思う。

 この忙しい間、大活躍していたのはiPodである。通勤のメトロ内でラジオ講座の録音を聞くのはもちろんのこと、過去の放送の録音を復習として聞いたり、前に紹介したイタリア語のCDのみの教材を聞いたりもした。

 そしてポッドキャストもかなり使ってみた。iPodを使うようになってからiTuneも使うようになり、数ヶ月前にiTuneのRadioというところをクリックするといろいろなラジオが聞け、さらにInternationalというところをクリックするとこんなにもたくさんの言語があるのか、と感心するぐらい、多くの言語のラジオ放送が聴けることに気がついた。イタリア語や中国語など、学習中の言語のラジオでその言語の歌を聴くのも楽しいものだ。さらに海外で生活してる私にうれしいのはJ-Pop専門のラジオ局の存在だ。アメリカのものなのか、DJはアメリカ英語だが、音楽は全て日本語だ。歌っている人やグループの名と曲の題名がローマ字で表示されるのも助かる。このラジオの機能はふとしたときに日本語の歌を聴くのに時々使い、子供にも聞かせたりした。

 このラジオは私の知るかぎり、録音が出来ないので、iPodの出る幕はないが、ここ2-3週間ポッドキャストを楽しんだ。iTuneのPodcastのところをクリックし、検索の欄に例えばChinese, Italianなどの言葉を入力し検索をかけると Learning Chinese やTaiking Italianといったポッドキャスト番組が見つかる。私が見つけたのは米語の番組ばかりだが、全て無料で、学習言語のレベルが低いせいか番組のナレーションの米語も簡単で、米語をリスニングしながら中国語の表現を覚えるという一石二鳥となる。アラビア語も見つけて聞いてみた。このようなポッドキャストだけで勉強できるとは思えないが、他の教材の補助として使えるのではないだろうか。iPodに取り込んだものをメトロの中などで聞いて楽しんだ。

 フランス語のポッドキャストもいろいろ試してみたが、これについてはメインブログで紹介するつもりだ。

 iTuneのポッドキャストは夥しい数なので、まだまだ発掘の余地はあると見ている。時間があるときにもっといろいろ探してみたいと思う。

 さらにiTuneで一曲だけ気軽に曲が買える、という便利さを味わった後、オーディオブックを買う、というの試してみた。たまたま安価な英語の本を見つけ、朗読をiPodで聞いてみた。これがまた嬉しい。本を開いて読んでいる時間がなかなか取れず、英語の読書が進まないでいたが、これだと作業をしながら聞くことも可能だ。騒音の多い環境では使いにくく、集中しないと理解できないものでは「ながら」作業が進まないので、使う環境や内容を選ぶことになるが、新しい可能性が開けたような気がした。

 私自身まだ使い始めたばかりで試行錯誤の途中だが、便利さを有難く思っているのでここに紹介させていただいた。なお私が使用しているのはフランスのiTuneなので日本のものとは少し違うかもしれない。日本のiTuneも見ることは出来るが、日本国内発行のクレジットカードを持っていないので、購入が不可能なこともあり遠ざかってしまっている。しかしポッドキャストは可能かもしれないので、近々見てみようと思っている。日本のラジオ番組のポッドキャストがあれば流行の歌などを子供と楽しむことも可能になるかもしれない。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

字幕なしで映画を見る 

 昔字幕なしでアメリカ映画を見ていたが今は英語力が落ちて字幕なしでは分からなくなってしまった、という話はした。せっかく英語を勉強していたのにもったいない、という声も聞こえる気がするが、「映画なんて娯楽なんだから別に分からなくていいさ。」と思っている自分がいるのも事実である。語学学習関係のブログを読んでいると学習の目標に「字幕なしで映画を楽しむ」が挙がっているのをよく見かける。好きな映画を字幕なしで楽しみたい、ということなのだろう。しかし別に全て分からなくても見て楽しめばいいではないか。だから今からでも出来るのだよ、と言いたい気もしてくる。

 私は今はフランス映画は字幕なしで見ているが、フランス映画に字幕なんて付けない国に住んでいるので、字幕が必要とは思わないが仮に必要でも字幕はないのである。初めてフランス映画を字幕なしで見たのは、20年前のパリで、私のフランス語はかなりお粗末なものだった。それでも見て楽しめた。ストーリーの分からなかったところを一緒に見に行ったフランス人に尋ねたら、説明がなくて想像するしかない部分だったということが分かった。分からなくて普通だったということだ。

 その後、フランスに住むようになってからも映画は常に字幕なしだが、いつも楽しんできた。フランスに来て2年目ぐらいにテレビで「刑事コロンボ」を見ていると、一緒に見ていたフランス人から「これが分からない。」などと質問され、あれこれ私が説明した。フランス語吹き替え版だったのだが、フランス語をきちんと理解していたということになる。でも全ての映画やテレビ番組を完全に理解しているということはないだろう。実は日本語でも出来ていないからだ。

 フランス語字幕つきの黒沢明の映画の日本語が聞き取れず、字幕を見ていた、ということがあった。なければ分からないな、で終わってしまうのだが、変に字幕がついているので聞き取れていないことに気が付いてしまうのだ。字幕はシナリオを見て翻訳しているかもしれないと思う。ネットで日本のTVドラマを見ていてせりふの声が低すぎて聞き取れず、中国語字幕で意味が分かったということもあった。(私の中国語のレベルで通用する内容なのだからかなり低レベルである。)これらの経験でも日本語の聴解力が落ちてきたかも、などと不安になったりはしなかった。

 今の日本の、主に英語教育関連で、字幕なしで映画を見る、ということが大げさに考えられすぎているのではないかと思うことがある。研究、分析のために見る映画ならともかく、個人的に娯楽としてみる場合、見て楽しめれば理解度は問題ではない。普通の娯楽的な映画はストーリーもさほど複雑ではないことが多いので、せりふが全て分からなくても筋はつかめるのではないかと思う。どんどん挑戦して分からないところがあってもあまり気にしなくてもいい。ここだけは分かった、などの楽しみ方も可能だと思う。字幕が付いているとついつい見てしまうので、DVDなら字幕を消して見るのがいいと思う。

 さて私はどうか。今は英語の学徒ではなく、映画を見るのも映画のためであり英語のためではないので、字幕があれば使わせていただく。字幕のフランス語を読みながら英語を聞く、というのは結構疲れる作業なのだが、やはり英語は学んではいなくても、語学学習者の悲しい習慣で、聞こえてくると聞いてしまうのだ。それは知らない言語でも同じことで、外国語を学習する前は字幕を見ながら俳優がそれを話しているように感じて見ていたのに、と思うと、失われた能力の一つのようにも思えてくる。その能力は失ったかもしれないが、外国語を聞くという習慣を得たとも言える。ちなみに日本映画でもついつい字幕を読んでしまうことがある。「ふーん、そう訳すのか。」「なるほど。上手い役だ。」「妙に説明が多い訳だけど、仕方ないのか。」「かなりずれているぞ。」と映画を見ながらなんと邪念が多いことよ。

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

字幕なしで映画を見ていた私なのに・・・

 Chez toiさんから「まゆのさんは映画を字幕なしで見ていたらしいのに、なぜ今そうなってしまったのでしょう。」という趣旨のコメントをいただいた。

 アメリカ映画を字幕なしで楽しめたのは随分前の話だが、本当のことである。飛行機で海外に行く際飛行機の中で字幕なしの映画を見て楽しんでいた記憶がある。(JALではないので日本語の字幕などなかった。)短期ではあるがイギリスに語学留学中にTV番組も見ていたし、演劇も見に行ったことがある。当然字幕などない。音声多重放送が出てきたころだったので、自宅のテレビで副音声の英語で映画を見ていたこともあったし、幼児番組とは言え、昔放送されていたセサミストリートなど普通に見て楽しむことが出来た。

 今セサミストリートを英語で見る環境には居ないし、その他のテレビ番組も英語のものを見たりはしていない。(見ようと思えばCNNとBBCは英語で見られるはずだが。)フランスに来てからは映画もあまり見に行かず、たまに見に行く時やテレビで見る時はフランス語吹き替えだし、近頃子供と見に出かけるアニメ絵画などは全てフランス語吹き替え版である。

 こんな環境の中で字幕なしでアメリカ映画を見ることなど忘れていたし、必要もなく、今も字幕なしで理解できるか、など考えたこともなかった。英語の映画が字幕なしで分かなくなっているのに気が付いたのは1年以上前のことだ。たまたまYouTubeで映画を見ていて、日本語字幕が出ていたので、字幕をずっと読んでいる自分に気が付いたのだ。

 さてここから、なぜこうなったか、ということを考えつつ、語学の習得について考察していきたい。

 世の中には「バイリンガルになる」という言い方をする人がいるが、バイリンガルというのは一度なったら一生もの、という種類の資格ではない。バイリンガルとは言わないまでも結構いい線行っていた筈の私の英語の例を見てもそうだが、前はもっと分かったのに忘れた、という経験を外国語で持つ人は多いと思う。つまり外国語というのは維持の努力を怠ると力が低下していくものなのだ。私のフランス語だってそうだと思う。今はフランスに暮らしフランス映画を字幕なしで楽しめるが、フランス語圏を離れフランス語を日常使うことが全くなくなって数年したら今のようにはいかないと確信している。フランスから離れたらフランス語の維持に努めない限り、少しずつフランス語の語彙はこぼれ落ちていき、話す習慣を無くし、聞き取りの力も落ちるはずだ。(しかしフランス語の耳は英語より日本語の耳に近いので落ち方は英語ほどではないのではないかとは思う。)

 つまり私は英語を維持する努力を怠ったのでこうなったというのが簡単な結論である。

 

続きを読む

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

NHK「まいにちイタリア語」の罠

 なにやら物騒なタイトルになってしまったが、この講座を大体まいにち聞いているので考えたことを書くことにした。

 この講座は前にも述べたが、少しイタリア語をかじったことのある私には文法編は今のところ全く難しくなく、正直言って15分聞いて習ったことは「男性名詞は「O]で終わり、女性名詞は「A」で終わる」、これだけ?と思ってしまったりする。

 そしてリスニング編も内容的にさほど難しくなく、今のところは普通のスピードとゆっくりのスピードと2回聞く必要もないし、練習問題も間違えたことはない、楽勝コースである。

 しかし実はこれが危ない。文法編は「知ってる、知ってる。」と思っているだけで半年終わってしまう可能性がある。リスニング編は「練習問題の答え、全部合ってるー。」だけで終わってしまうのではないか。もともと会話の隅々まで分かっていなくても練習問題には答えられるのだから、ツボとなるところさえ聞き取れれば答えは間違えないのだ。

 ポイントとなる事項を「知ってる、知ってる」で済ませて終わっていてはわざわざテキストを取り寄せて聞いている甲斐がないではないか。今月はもともと知っていることばかりだし、来月だってそうかもしれない。これでは駄目だ。もっと能動的に学ぼうとしなくては・・・。

 と反省し、4月号の文法編の単語から知らないものを全て取り出し、日本語→イタリア語の順でヴォイスリコーダーに録音。これを聞いて単語の訓練をしようと思う。日→伊の順にしたのは伊→日は簡単だからだ。フランス語と似ている語も多いし、なんとなく勘で分かってしまう語が多い。日→伊は本当に知っていないと言えない。

 そしてまだやっていないのだが、今後リスニング編のトランスクリプションを確認して、ポイントとは無関係でも知らない言い回しを探し、覚えるようにしたい。さらに番組内でイタリア人ゲストがイタリア語で解説している部分があるので、その部分を集中的にリスニングする、ということも考えている。

 「知ってる、知ってる」の罠にはまらないように注意したい。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

独学の難しさ。

  去年の4月、日本滞在中にふと思いついてNHKラジオ中国語講座を聞いて以来、もうすぐ一年。我ながら中国語をまだ続けているのが意外な気がする。

 独学はとにかく初めてな上に海外に居て学習書も少なく、中国語についての情報も少ない。こんな状況でここまで続けてこられたのだし、NHKの今期の講座はあと1ヶ月ちょっとで終わるが、この勢いで続けて行けそうに思う。

 まだレベル的には入門者であり、中国語の独学に成功した、とは言いがたい状況だが、ともかく1年近く続けてきたのだし、これからしばらくは続けていけそうだと感じている。まあ独学が軌道に乗ってきたと言えるのではないか。

 こんなことを考えたのは先日、どこかのブログ(残念ながら気ままにいろいろなブログを回っていたのでどなたのなのかわからない。)で「語学学習者の独学ブログをいろいろ調査したが、挫折している人が多い。成功しているケースはネイティブの友達がいるか目標がはっきりしているケース。」という指摘を見かけたからだ。やっぱり独学は易しくないのだ。

 そんなわけで、いささか大それてはいるが、独学の成功の秘訣について考えてみたい。

 まず「成功」の意味するものは何か、ということだが、私自身は

  • 放棄せずに独学を続けている。
  • 独学では飽き足らなくなって、教室に通い始めた。(当然初心者のクラスではない。)
  • 自分の到達したレベルに満足して独学を卒業した。つまり勉強をやめたわけだが、一定レベルに達しているのだから挫折とは違う。

このあたりを「成功」と見なしていいだろうと思っている。私自身とにかくあきらめず続けることを目標にしているのもこの辺に理由がある。

 ネイティブの友達がいると挫折しにくいのは分かる。覚えたことを使ってみる機会もあるだろうし、励まされる。勉強している手前、何か進歩していないとまずい、という見栄(?)も勉強の励みになるだろう。

 目標がはっきりしていると挫折しにくいのも頷ける。はっきりした目標というのは、ネイティブのようにしゃべる、映画を字幕なしで楽しむ、原語で読書を楽しめる、というような遠い目標では駄目だ。いつかは叶えたい夢と目標は違う。なるべく近くて目標までの距離を測りやすいものがいいだろう。検定などは点数で自分の位置を測りやすいし、毎日(あるいは週一回など定期的に)単語や文をいくつノートに書く、とか決めて一定期間実行するのも目標になると思う。

 私はNHKのラジオ講座というペースメーカーを得たことが独学継続にとって重要だったと思う。ほぼ毎日講座の日付に合わせて、完璧に消化できていなくても聞き続けることで、勉強を継続できたと思う。NHKの講座を漫然と聞いた以外は、何も自分の勉強はできない日もこのごろは特に多い。それでも講座を聞いている限り挫折した気はしない。週末に自分の復習をしよう、と考えることができる。ここで私が思うのはただ漫然と講座を聞いているだけでは不十分だ、ということだ。講座以外に講座を中心に復習するのもよ、し別の教材で勉強するのもよし、なんらかの形で自分の勉強を実行していかないとなかなか勉強がはかどらないのではないか。

 あと、私の独学継続法としては

① 壁にぶつかったと感じたときは、完璧に分からなくても大体分かったと思ったらとりあえず進む。

② 壁にぶつかったと思ったら、壁となった教材は一時休止し、他の教材でもう少し易しいところからやっていく。復習にもなるが、教材が違うので何かしら新しいことがあるはずで、行き詰った教材を前に戻ってやり直すよりも、明るい気分で出来る。そして気を取り直して、難しいところに再度挑戦すればよい。

この①と②を実行している。

 また自分に合っていない教材を購入したからと言って我慢して最後までやろうとしないことも必要ではないか。重要なのは教材を終えることではなく、楽しく勉強を継続していくことだからだ。

 まだ私も独学を始めて日が浅いので先輩方の勉強法を参考にしながら、これからも少しずつ勉強を進めていこうと思う。いろいろ試行錯誤を重ねたり、方法を模索するのも独学の楽しみだと思う。

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

ピンズラーというメソッド

 前に紹介したFarberの本に、Pimsleurというメソッドが良い、と書いてあったのを見て以来、前から耳にしているこのメソッドに新たに興味を持ち始めた。

 中国語、アラビア語、イタリア語と学習言語も定まり、私の当初の構想通りの三つ巴となったため、いろいろな言語を扱っているシリーズにも興味がある。

 そこで、るもんがさんのサイトで以前紹介でされていたサイト(英語のサイト)でピンズラーを視聴してみた。中国語とイタリア語のレッスン1(30分間)を聞いてみた。アメリカのメソッドなので、英語でナレーションが入るが、学習言語のレベルが低いこともあって英語は問題ない。 中国語のピンズラーはレベル1のみ日本語版が出ているようなので調べたが、海外には発送しないらしいので早々にあきらめた。(別に英語でもいいさ。)

 テキストは見ずに音声だけで練習するというこのメソッド、文字表記が複雑でないイタリア語には向いているかもしれない、とまず思った。話せるようになれば、旅行などで使う機会も中国語より多い。(なんせイタリアはすぐ隣なのだ。)

 そこでイタリア語から視聴してみた。

 Italianoという単語を例に取ると、アーノ、リアーノ、イタリアーノという具合に分解して繰り返す。新出の語彙や文や表現など、全てをこの後ろから構築する方式で繰り返していく。イタリア語は発音が聞き取りやすいので、不必要に丁寧に思えたが、中国語にはいいかもしれない。もっと発音が複雑な言語には有効な方法だろう。

 短いスキットをまず聞き、これがレッスンの最後には分かるようになります、と説明が入る。そして一語ずつ、一文ずつ分解して繰り返し、解説も入る。ただ文法の体系的な説明はなく、イタリア語の動詞の活用も、文の中で繰り返しているうちに「私」のときはこの形、「あなた」のときは別の形、と気が付くようになっている。中国語は活用はなく主語を変えればよい、と説明があった。否定文や疑問文も、例文を繰り返すことで覚えていく。スキットにない文も作るし、前に出た文や単語が数分後にまた出てきて繰り返す。こんな風なので、短いスキットに30分かかる。レッスンの最後に80%分かっていれば次のレッスンに進んでいい、また後で繰り返し出てくるので今分からないこともそのときに分かる、と説明があった。

 つまり、CDの中に復習が組み込まれているので、自分で復習はしなくてもよい。なるほどただ聞いていればいい、というのはこういうことか。

 教材の性質上、飛ばして聞いたりはしにくく、しつこく繰り返すので、合わない人も居ると思うが、私はやっていて不快ではなかった。語学を独習する場合、口頭の会話の練習はどうしてもやりにくい。だから、知っているけれど口をついて出てこないことも多い。そこで突然ネイティブと話す機会が巡ってきても、話し慣れていないので逃してしまう。このメソッドでの練習によって、こういう問題が減るのではないかと思った。反射的に話す練習が出来るからだ。またCDのスピードはナチュラルスピードに近いように思った。(フランス語のレッスンを視聴すればナチュラルスピードかどうか分かると思うが、フランス語は聞いていない。)これは重要なことだ。高価な教材なのだから、すぐ使えるスピードに慣れるようでなければ意味がない。

 そう、この教材の問題点は、まず値段。中古で半額ぐらいになっているが、それでもまだちょっと高い。というのもレベルⅢまでやると90レッスンだが、レベル1のみだと30レッスン。このスピードで30レッスンでどこまで行けるのか。やはりレベルⅢまでやり終えるぐらいでないと、基礎レベル終了に辿り着けないのではないか。

 そんなことを考えているときにどこかの掲示板(日本語)で、レベルⅢまでやってもスピードラーニングが難しい、と書いてあるのを見た。スピードラーニングがどんなものか知らないので分からないが、宣伝には誰でも始められるみたいに書いてあったと思うので、そんなに高度なレベルではないだろう。うーむ・・・。

  しかしこのメソッドの熱烈なファンもいるようで、数ヶ国語を次々と購入している人もいるようである。うーむ・・・。

 ここまでで、三つ巴の一つ、アラビア語を無視しているのはなぜか。それは会話をやる気が今のところないからだ。アラビア語は口語をやる場合、どの国のを方言をやるか、という問題が常に付きまとう。市販の会話ブックなどもモロッコ、チュニジア、エジプト、東(イエメン、サウジ、イラクの辺り、クウェートやヨルダンもここか。)などと本が分かれている。このメソッドもそうだ。私は特定の国や地域に用があるわけでも住んでいるわけでもないので、どこと決められないのだ。今は基礎文法を少しやり始めたところなので、どこの口語にするかという問題は煩わしいだけだ。基礎文法を一通り終えるぐらいまで勉強を続けることが出来たら、そのときに考えようと思う。というわけで、今はアラビア語は会話は無視。この言語のこういうところが学習意欲を削ぎ、習得を妨げている、といつも思うのだが、そんなことを言っていても仕方がない。

 さて、ピンズラー、どうするかなー。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

語学学習についての本

  Farberの書いたHow to Learn Any Language: Quickly, Easily, Inexpensively, Enjoyably and on Your Ownという本を読み終えた。魅力的な題名である。速く、簡単に、安く、楽しく学べるというのだから参考になることがあるかもしれないと思い読んでみた。

 

結論から言うと、実践する前に言うのもなんだが、私はまともな人間なのでこの人と同じようには出来ない、ということになる。

 

Farberの提案する学習法は、特別な用具や設備は不要で、確かに簡単な方法である。学習法としても目新しいものは特にないクラシックなやり方に思える。必要なものは文法書、手作りの単語カード(表に外国語の単語、文、表現などを書き裏に訳語を入れるという極普通のもの)、自分で録音したカセット等、会話ブック、学習している言語の新聞や雑誌などの読み物、である。高価なメソッドなども必要なく留学しないと駄目だ、などとは一言も書いていない。

 

さてその学習法とは。

 

単語カードや会話ブックなど、小型のものを常に持ち歩き、暇さえあればとにかく見て、片っ端から覚える。単語カードの真っ白なものを持ち歩き、覚えたい単語に出会ったら書き込む。疑問があればそれも質問カードに書き込む。ネイティブに出会ったら、そのカードの質問事項を尋ねる。ほんの少しの暇にも学習に役立てる。

 

簡単なやり方で誰でも出来そうではあるが、誰にでも出来ることではない。Farberのわずかな暇の活用法は徹底している。通勤通学中や散歩やジョギングの間にウォークマンで語学教材や自作の自習テープを聞くなどは当然。電話の呼び出し音を聞きながら相手が出るまでの数秒も常に単語を覚えるのに使うのだ。エレベーターやエスカレーターでの移動中も当然学習時間の一部だろう。

 

ネットで仕事をする人などは、サーバーの都合で画面が変わるのが遅いときは格好の学習時間になると思う。私も実はパソコンの前で画面が変わるのを待ちながら語学学習の本を開いたり単語のリストを眺めたり、ということはある。しかし私の場合は自宅でやっているので問題ない。職場で同じことをしたら、その言語の学習を奨励しているような職場でない限り、咎められるのではないだろうか。電話での待ち時間でも同じことである。しかしFarberは咎められるまでやり続け、咎められても仕事の効率は落ちていないと言い放ち、やり続けるのではないか。

 

ここまでしなければ語学の上達は無理なのか。語学が大したことのない凡人より、語学が堪能な変人になりたい、ということか。

 

歩きながら中国語をウォークマンで聞いてぶつぶつ繰り返していたら、私などは気の触れた中国人と思われるのではないか。しかし目標達成の前では、見栄や外聞を気にするべきではない。例え変人と言われようと、語学上達を目指す者はなりふり構わず突き進まなければならない。

 

何事も極めようと思えば道は険しい。気軽に達成できる目標などは所詮大したレベルではないのだ。この世は厳しい。余程の覚悟がないとこれをこのまま実行できない。途中でやめたら単なる奇人で終わってしまうからだ。徹底的に実行するにはそういうリスクが伴う。

 

ということなので、やはり誰にでも簡単に出来て効果が上がるやり方なんてないのか・・・ということになってしまう。私は精神論ばかり語っているが、本書は精神論には触れず、実践論やメリット、楽しい経験談のみで、こういう学習を楽しく進めていける、という感じで書いてある。しかし実際はそんな甘いものではないだろう。語学の上達には異常な熱意が不可欠なのか。

 

しかし学習法の中で注目したことがある。それは一度にいくつも教材を進めていくやり方だ。まず基本的な文法書を5章ぐらいまでやって、その後はいきなり新聞記事などを読み始める。当然分からないことばかりなので読めないのだが、一度に1行でもいいらしい。外国人向けに書き直された文ではなく生の言語に当たるのがいいのだ。同時に会話ブックやあらゆる方法を導入し、全部を平行して進めていく。このやり方は、一度学んだことが別の形で何度も出てくるので、飽きないで続けやすいかもしれないし、理解も深まりやすいように思う。

 

そこで私も会話ブックをかばんに忍ばせ、ウォークマンに教材を録音した。中国語のペーパーバックも買ってみた。(まだ見ていないけど。)普段から台所でパスタが茹で上がるのを待っている間に単語リストを見たりしているが、もっと時間を有効に使えるよう努力したほうがいいだろう。洗濯物を干しながらウォークマンを使ってみた。聞いて分からないときにもう一度聞くためにウォークマンをいじるので、手早く干し終わるわけにはいかない。(本当に時間の節約になっているのか。)なんだか変人への道を歩み始めたような気もしているのだが・・・。

 

今後の私の語学学習人生はどうなっていくのか(私はどうしたいのか。)を考えさせられる本であった。

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

まゆの

Author:まゆの
1991年よりフランスに住んでいる。いろいろな言語をかじってはいるが使い物になるのはフランス語と英語だけ。中国語に限らず独学は初めて。こんなところで一人で何ができるのか挑戦してみようと中国語を始めるも思うように進まず、勉強を継続するためにこのブログを立ち上げた。その後、前に少し勉強したが忘れ去っているアラビア語とイタリア語も少しずつやり始めた。現在は、時間的な事情と学習環境が作りやすいイタリア語に集中することにして、あきらめずに続けている。メインブログとしてフランス語とフランス生活のブログを運営している。

2010年10月からしばらくイタリア語に集中することにし、

現在のメインテキストは
Allegro 3. +CD. Libro dello studente ed esercizi
その他、自主学習用にいくつかの参考書や問題集を使用している。

カテゴリー
最近の記事+コメント
ブログ内検索
最近のトラックバック
リンク
管理者ページ
RSSフィード
FC2カウンター
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。