スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[PR] 台湾中国語翻訳

中国語の難しさ --- 重さの単位

 NHKラジオ「まいにち中国語」講座だが、遅れて聞いているので、今日やっとエチュード8(11月23日から29日放送分)を聞き終わった。実はこのエチュードは文法的には特に難しい点がないのに、初めて聞いたときに分かりづらく、数日間続けて番組を聞いても、どこかすっきりしない点があった。それをどうしてか考えてみると、このエチュードは街頭の焼き芋屋さんとの会話で、重さの単位が出てくる。その重さの単位に馴染みがなく分かりにくいのが、どうもこのエチュードになじめない原因なのではないかと思った。

出てきたのは“一斤”、と“六两”なのだが、“斤”は今までの中国語学習の中で何度も出てきたのだが、なんだか分かる気がしない。1斤は500gらしいのだが、この辺がどうもピンと来ない。今までも1キロ買うのに“两斤”と言っていて「?」と思ったことがあったし、理屈は分かっていてもどうも身についていない気がしてならない。さらに、“六两”となると、「六両」なら重さではないし、一帯何の話だか分からなくなって来てしまう。日本語を見ると「300グラム」と書いてあり、ますます腑に落ちない。語句の説明を見て、思い出したが、“一两”は50gのことである。あー、ややこしい。

 こんな風なので役割練習をしていてもなんとなく自分自身の言葉ではなく内容が分からずに言っているような気になってしまう。外国語というのはこういう習慣の違いに惑わされることもある、と思い出した。

 英語をやっていた時はマイルとかインチ、ポンドなどが出てきたはずだが、若かったからか、あまり深く考えず、その後仕事で英語を使うようになり、アメリカ人が何マイル、などと言う話をすると「それって何キロメートル?」とか「キロメートルで言ってよ。」とかケチをつけて済ませていた。日本に居たのでそれで通ったのである。

 フランスは日本と同じ、キロメートル、キログラムを使う国なので、マイルやポンドで悩まされたことはない。ただ、西暦を言う時に1800をdix huit centsと18百という言い方をしたり、日本語ではほぼ絶対に言わないdemi million (つまりハーフミリオン、百万の半分なので50万と言いたい。)というのが咄嗟に幾つか分からず戸惑ったこともあるし、日本ではあまり使われていないcl(センチリットル)でまごついたこともある。(日本ではリットル以下はデシリットルとミリリットルが主流だと思うが、フランスではデシリットルはあまり使われずセンチリットルが日常生活で使われている。)こういう習慣の違いは外国語の純粋な難しさとは違うと思うのだが、やはり避けては通れない。

 血圧の言い方や視力の度数の言い方なども日本とフランスでは違っており、生活の中で学んでいったわけだが、言語ごと、国ごとにいちいち習慣が違うのか、と思うとちょっと頭が痛い。

 

スポンサーサイト
[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 中国語
ジャンル : 学問・文化・芸術

語学CD・カセットの声

 先週、縁あって日本語能力試験の試験監督をした。担当したのは4級で50人程度の会場の責任者ということで(当日行ってみたら、はい、あなたが責任者です、みたいな感じで驚いた。)時間の管理などでちょっと緊張した。終了5分前に知らせなければならなかったからだ。さらに緊張したのが聴解問題。万が一機械の故障などのトラブルがあったら・・・と思わないでもなかった。一応事前にチェックはしてあり、故障時の連絡先ももらっていたが、事故がないとも言えない。

 そんな緊張の中(受験者も緊張しているだろうが監督者だって緊張するのである。)で聞いた聴解試験のCDだが、密閉してあり、もちろん試験前に勝手に開けていじるなどもっての外で、受験者と同時に初めて聞くことになった。

 CDが始まって驚いたのが録音の声。女性の声で低くかすれており、初級学習者向けのゆっくりな話し方と相まってセクシーさ満点。試験なのでもちろん話す内容がセクシーなわけはないのだが、会話などもあり男女いろいろな人の声が入っていたが、主となるナレーターがセクシーヴォイスなのだ。「試験でこんなのってあり?」と内心かなりびっくりしてしまった。普通はもっと事務的で妙にはっきりした話し方をするのではないのだろうか。最近の試験は傾向が変わってきたのか?受験者の緊張を和らげるためのサービスなのか?といろいろ考えてしまった。後で同級の他の監督者に尋ねたら、声がセクシー、というのに同意していた。

 セクシーかどうかはともかく、語学の学習でいろいろな種類の声を聞くのは必要なことだと思う。入門の頃は不自然にはっきりとした発音で異様に遅い話し方、というのも、有り得るかもしれないが、出来ればそういう生ぬるい教材ばかりではなく、自然な発話に近い音声教材も使いたいものだ。

 だいたい教材の会話はある程度わざとらしいものだと思ってきたが、この頃はわざとらしさが少なく自然な発話に近い教材も出てきているし、上級者向けでは自然なインタビューなどが使われている。(もちろん言語によるが、メジャーな言語では、という話だ。)

 語学学習者としては、耳に心地より声の録音をもちろん望むのだが、職業的訓練の行き届きすぎた話者の録音にはやはりわざとらしさを感じるし、そういうものばかりではなく、子供の声なども混じったものを楽しいと感じる。分かりやすいものが面白いとは限らないのが難しいところだ。

 また録音の内容にあった声を使って欲しいと思う。以前イタリア語の教材のカセットで、中高生の役を年配者の声が担当しており、状況把握に時間がかかったことがあったし、日本語の教材で、学生の役をやっていたのが成熟した声の男性で、違和感を感じたことがあった。マイナー言語ではネイティブにしても素人が劣悪な環境で録音したものと思われる教材もあったし、ネイティブスピーカーが死に絶えた古典語のCDも出ているようなので、そういう言語の発音はどうなっているのだろうか、思ったりもする。教材製作側の苦労も想像できるが、学習者としては楽しめる音声教材を期待したい。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学・国際交流
ジャンル : 学問・文化・芸術

ある程度のレベルまで行った外国語の維持、上達

    るもんがさんのブログに書き込んだ私のコメントについて、るもんがさんから下のようなコメントを頂戴し、ちょっと考えさせられた。

「ある程度のレベルまで行った外国語をそんなに時間をかけずにレベル維持しようとするのは難しいですね。・・・(中略)・・・フランス語は毎日生活の中で使ってらっしゃるから多分大丈夫ですよね~。」

 これは、英語は今となってはなかなか勉強しにくい、という私のコメントについてのお返事だったので、でもフランス語は大丈夫でしょう、という流れになっている。しかし本当に大丈夫なのか?と疑問に思ったのである。

 確かにフランス語は毎日使っている。フランス語を耳にしない日は一日もなく、フランス語を話さない日も一日もないだろう。子供たちには日本語で話しかけるよう努めているが、家の外ではフランス語を話すし、家にいても夫とはフランス語を使う。しかし毎日の生活の中の言葉というのは実は同じような内容が多いと思う。近所の人とは他愛ない話であり、夫とは、何時に帰る、子供はもう寝たか、などのワンパターンな質疑応答が多い。しかも曖昧な言い方でもお互い通じてしまうので夫自身がいい加減なフランス語を話していると思うこともある。人を招いた時や人の家に招かれた時などにいろいろ議論をしたりすることがあるが、そういう時には語彙的にも内容的にも骨のあるフランス語を聞き話すこともある。でもそういう機会は年に数回しかない。つまり毎日使っているのでフランス語を忘れる心配はないが、ただ生活していてもフランス語が向上はしない、ということだ。

 ではどうすれば良いのか。ただぼんやり過ごすのではなく何らかの努力をしなければいけない、ということはよく分かっている。フランスに来たばかりのころはフランス語の習得に熱心だったし子供もいなかったので、起きている時間はほぼ100%フランス語で生活していた。今のようにネットもなく日本語の読み物が手に入る環境でもなく、TV・ラジオ、全てがフランス語しかなかった。(今は日本語のTV・ラジオも視聴でき日本語の読み物も手に入る恵まれて有難いことだともちろん思う。)夫も私のフランス語の発音や文法に厳しかったことを記憶している。

 やはりフランス語のブラッシュアップには読書が一番だろう。新聞、雑誌などでも良いが、とにかく読み物の方が話し言葉より語彙も言い回しも豊かだ。それからラジオのポッドキャストも利用している。勉強だと思って聞いているわけでもないが、やはりテレビより勉強になると思う。ただ読んだり聞いたりするだけではなくメモをとる、その内容について誰かと話す、というのが効果があると思うのだがそこまではやっていない。読むほうはともかくフランス語の長い文を大学を終えてから一度も書いていない。メールや手紙どまりである。どうするかなー。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

エストニア語で「乾杯」

 先ほど、外国語の可笑しさについて書いていてちょっと思い出したことがある。

 イギリスに研究発表に行っていた時のことだ。いろいろな国から集まった人たちと共に行動していたので、一緒に食事をする機会も何度かあった。とある中東レストランで皆で食事をすることになり、ワインで乾杯することになった。言語に関心の高い人たちの集まりであったので、たまたま居たエストニア人に「エストニア語で乾杯はなんて言うの?」と質問した人がいた。エストニアのタリンから来ていたエストニア人のマーチンが答えは「なんとかセックス」というものだった。発音がはっきりせず3回ぐらい言わせたあと、同席のイスラエル人女性が「本当にそれ、乾杯なの?私たちになんか変なことを言わせようとしているんじゃないでしょうねー。」と言ったので大笑いになった。私が「セックスかゼックスかどっち?」と質問すると返事は「Between the two.」。これで「なんだ、それは。わけが分からん。」ということになり、「エストニア語はもういいわ。じゃあ、まゆの、日本語で言って。」ということになり、皆で「かんぱーい!」となった。分かりやすいし言いやすいし、日本語はいいよー、と言われた。

 エストニア語の「乾杯」は今調べてみるとTelveseksテルヴィセクス、と言うらしい。マーチンが言っていたのは嘘ではなかったのだ。(嘘言ってどうする。)

 マーチンからはその後もいろいろとエストニア語の話を聞き、興味を感じたが、非常に難しそうな上に、教材もあまりないので、いつか勉強してみたい言語の一つであるが、未だに全く勉強していない。

マーチンとのいろいろな会話を今も覚えている。

私: エストニア語ってスラブ系の言語?難しいんでしょ。

マーチン: ウラル・アルタイ系だから、日本人には難しくないかもよ。

私: 格変化、いくつあるの?

マーチン: うーん、18だったか、16だったか・・・

私 : 18!? 16!?多いよ、それは。難しそーう。

マーチン: みんなすぐ格変化を怖がるけど、前置詞と何が違うんだよ。

私: 前置詞と格変化は全く違うよ。前置詞はただくっつければいいだけだけど、格変化は単語の一部が変化して、単語によって変化の仕方が変わったり、形の同じ格もあったりしてどれか分からなくなるし、意味もなく面倒なのよ。

マーチン:意味ないって・・・、意味あるだろ。だから格変化やってるんだから。

私: ない。格変化のシステムそのものが非効率的。

などと、あれこれ言い合い、今も楽しい思い出となっている。

 その後、イギリスで16年間フィンランド語を真面目に勉強してフィンランドに行ってみたが、さっぱり言っていることが分からず、すごく悲しかった、というイギリス人研究者の青年に会った。フィンランド語とエストニア語は結構近いとマーチンから聞いていたので、彼にエストニア語の話をしたら、「エストニア語はフィンランド語よりずっと難しいから、先にフィンランド語をやったほうがいいよ。」と言われた。ますますエストニア語が遠のき、当分出来そうにない、という気になった。まあ、実用性もなさそうだし・・・。

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

電子辞書か、紙の辞書か。

 近頃、突如、フランス語の本の精読を始め、一時的に辞書と付き合う時間が増えている。ここ数年、辞書を引きながらものを読むことは少なかった。ところが、今回は少ないときは1章ついぞ調べることなく過ぎてしまうこともあったが、多い時は1ページに数語調べた。

 電子辞書を使い始めて2年近くだが、普段手近なところにあるのは電子辞書で、国語辞典や英英辞典も入っていて、気軽にいろいろ使えるのが良い。

 ただ、今回改めて思ったのは、昔ながらの紙の辞書にも長所はあるということだ。確かに重くて嵩張る点は否めないし、同じ語を一度に幾つかの辞書で調べる手間は電子辞書の方がずっと少ない。一語だけさっと意味を見たい場合は、単語の冒頭だけ入力し、ページを繰る手間のない電子辞書が断然便利だと思う。しかし、一語に多くの意味や用法がある場合は一目で全体を見渡せる普通の紙の辞書の方が使いやすいように思う。今回、基本的な語(基本的な語の方がいろいろな用法があり、1ページ以上説明が続いたりする。)を見ているときに電子辞書は一行ずつ表示するので、見たいところがさっと出ず、イライラした。

 電子辞書に駆逐されるかと思った従来の辞書だが、意外に根強いファンが居そうな気がする。やはり使っていて辞書らしいのは昔ながらの紙の辞書である。辞書を熟読したい場合、電子辞書はやはり読みづらい。

 電子辞書の有難さ、便利さを痛感すると共に、欠点も垣間見たのであった。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

ロマンス語の定冠詞・不定冠詞、単数・複数

 この頃、イタリア語の文法練習問題にいそしんでいるが、やっているとフランス語の入門期のことをついつい思い出してしまう。

 近頃やっていたのは単語が30個ぐらい並んでいるので、一つ一つ不定冠詞や定冠詞をつける、単数の定冠詞から複数の定冠詞にする、という問題だ。1番に30個、2番に30個、というぐあいにずらっと並んでいて、やる前から面倒臭くて溜め息が出そうになる。そこを一つずつ地道にやっていくわけだ。

 やりながら思ったのは、イタリア語のこの練習はフランス語ほど不毛ではない、ということだ。フランス語は男女の区別が分からなくて、単語の意味を知っていても辞書で性別を確かめなければならなかった。意味を知らない単語も多数あったのでとにかく辞書を引きまくった。(面倒くさい時は周囲のフランス人に尋ねていた。外国人用の練習問題に出る語の男性名詞、女性名詞の区別は誰でも知っているので、みんな親切に教えてくれた。)その点、イタリア語は男女の区別は大体見当がつくので、ilではなくloになったりする最初の子音の種類とか母音で始まっていないかなどに注意すればいいわけで、ポイントがはっきりしている。それに意味も大体分かることが多く、辞書を使う回数はフランス語の時よりずっと少ない。フランス語のときはほとんど全部調べていて疲れたが、イタリア語はそれほどでもない。

 単数から複数に変える問題はフランス語では特殊な複数形(sではなくxがつくやつ。)以外はやらない。名詞の後ろにsをつけるだけだし、冠詞も定冠詞lesか 不定冠詞desしかないので、わざわざ練習することもない。イタリア語は複数がちょっと複雑なので練習問題をいろいろやった。今日は変則的な複数が出てきて面食らった。

 「唇」 il labbro の複数形を機械的に× i labbriとしたら違っていた。正しくはle labbraえ!?と思ってしまった。Leは女性につける定冠詞である。複数になったら男性が女性になるの?なんとも奇妙ではないか。しかも語尾がa、単数形のままである。大体「唇」はペアになっているもので、フランス語はいつもles lèvresと複数形である。単数形って何?上唇だけとか下唇だけとかいうことなんだろうなー。体の部分の名詞には不規則な複数が幾つかあるようである。文法書に書いてあった。厄介なことである。

 さらに 定冠詞+語尾の母音の問題があり
___ di___
の空欄を埋めよ、という問題があった。ここは迷わず
il dio(神)
とした。するとその後複数にせよという問題が出た。
i dii ???
となって困っているとヒントとして
___ de___
と書いてあるので、素直に
× i dei
と書いたらこれが間違い。正しくは
gli dei
なぜにgli?

その昔、フランス語のクラスで敬虔なクリスチャンだというポーランド人の女の子が言った。

「Les dieuxって何ですか。神が複数になるなんて変です。」

先生はこともなげに答えた。

「ギリシャの神々は大勢います。神は単数と決まっているわけじゃありません。」

当時、多神教の方が陽気で愉快だ、と思っていて私は「そうだ、そうだ、古代ローマもエジプトもインドも日本もそうだし、自然なのは多神教だー。」と思ったわけだが、イタリア語のこの無意味に複雑な「神」の複数を見ると、多神教がなかったら覚えることが一つ減ったのにな~と思わずにはいられなかった。

 こんなことをぼやきながら問題集をやっているが、この問題集の賢いところはこの練習を動詞の変化の練習の後にもってきているところだ。この練習を先にやったら、動詞の前に疲れて脱落する人が増えるに違いない。フランス語をやったときは冠詞から始まってかなり疲れた記憶がある。延々続く単語のリストに男女の区別をつけながら冠詞を付けていく。あるいは男性名詞を女性形に直す、というような半ば機械的でありながら辞書を離せない作業を続けながら、「いったいいつになったら文が出るの?単語ばっかりじゃない・・・」と思ったものだ。

 ロマンス語を志す皆さん、フランス語よりイタリア語のほうが男女の区別がはっきりしているので愉快です。ただイタリア語のほうが複数や冠詞の種類が多いので覚えることが多くて面倒です。どちらが勉強しやすいでしょう?私が思うにロマンス語で勉強しやすいのは多分スペイン語でしょう。男女の区別がはっきりしているし、複数も面倒じゃありません。

 日本人にとって発音がしやすいのもスペイン語かイタリア語だから、なんだかフランス語は損をしている。しかし簡単そうだから勉強したい、というものでもないのでこれでいいのだろう。

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

土曜日 イタリア語とアラビア語

 今日、息子に漢字の書き取りをやっているときに、「週末」という言葉があり、「週末っていうのは一週間の終わりのことだから何曜日のこと?」などと説明していた。「日曜日」と答えた息子に「日曜日の前は何曜日?」と聞くと、「うーん、何だったっけ・・・sabatoはイタリア語だし。」と言う。

 え?確かにそうだった。でもアラビア語もسبت sabat、同じである。イタリア語とアラビア語が同じって偶然だろうか。アラビア語はインド・ヨーロッパ語ではないので語源が同じというのも変だし、借用語ならどちらがどちらを借用したのか、などと考えて辞書で調べてみた。

まず最初はDictionnaire Compact plus Arabe-Français/Français-Arabeでアラビア語のسبتを引いてみた。samedi, sabbatと書いてある。え?sabbat?イタリア語はこれと同じってことか、というわけで、今度は仏仏辞典を引く。いつも使っているLe Robert Micro Dictionaire De LA Langue Franaise には

Repos que les juifs doivent observer le samedi, jour consacré au culte divin.

とある。つまりjour de sabat「休息日」である。こんなことも知らなかった、という気がつかなかった・・・。と脱力しながら、イタリア語とアラビア語の土曜日はともにヘブライ語起源なのだろう、と思った。

 漢字の書き取りから思わぬ方向に進んでしまったのだが、言語というのは思わぬところで関連しているものだ、と改めて思った。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

「母語」という言葉

 「母国語」という言い方が一般的だった中で「母語」という方がより適切だと聞いたのは20年以上前の話である。言語と国が一致する地域は地球上には意外に少なく、国籍と言語は必ずしも一致しないから、というのが「母語」という言い方の方を好む理由である。

 「国家」という概念から自由になったこの「母語」という言い方は、英語のmother tongue 、フランス語ならlangue maternelleにより近いように思われる。

 母国語、母語、と言われて、まず私が思い浮かべるのは「一番自由に使え、自分らしくあれる言語」である。これは必ずしも母親の言語とは一致しない。しかしフランス語で言うところのlangue maternelle、「お母さんの言語」は、一般的には「母親が話す言語」である。世の母親の一人である私には大変誇らしい気のする言葉である。

 高校の教員をしていた時に英語の成績が芳しくない生徒がおり、英語の先生が

Poutant c'est sa langue maternelle. (お母さんの言語なのに・・・。)

ともらしていた。彼の母親がアメリカ人だったからである。

 そうなのだ。だからフランスで生まれ育っている私の子供たちの母語langue maternelleは日本語である。私が日本語の話者であるのと合わせて、私は努めて日本語で子供を育ててきた。子供たちの日本語レベルがどうであろうと、私が死んだり失踪したり絶縁するようなことになっても、母語が日本語であるという事実は一生変わらない。そう思うとちょっと嬉しいと同時に「だったら恥ずかしくない程度に日本語が出来るようになっておけ。」という気にもなる。

 ところで男女同権が叫ばれて久しいが、「父語」というのは聞いたことがない。フランス語ではlangue paternelle「父親の言語」という言い方が全くないわけではないと思う。しかし男性には失礼かもしれないがlangue maternelle「母親の言語」とは重要性も知名度も比較にならない。世の中には自分の言語を子供に教えようとバイリンガル教育に奮闘しているお父さん方もおられると思うので不公平な話であると思う。

 私は今は子供に日本語を教えようといろいろやっているが、一生教え続けるわけには当然行かないだろう。子供だっていつかは独立する。だから日本語の種を蒔いて芽が出るぐらいまでは世話をし肥やしも渡しておいて、それを大きく育てて花を咲かせるのも、枯らすのも後は本人次第、というぐらい思っている。ただ枯れても根か枯葉か何かは残ると思うので、母の言葉が全く消滅することはないだろうと思っている。

 こんなことを思いながらクリスマス休暇中の息子を捕まえて漢字を教えたり、下の二人に日本語の絵本を読んでやったり、長女には日本語の漫画を買い与え、日本語のビデオを録画したり、とあの手この手でなんとか日本語を伸ばそうと努力しているわけなのだ。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

外国語の音の好き嫌い

 今年度から第2外国語としてドイツ語をやり始めた娘が言う。「なんか変な音なんだー。あんまり好きじゃないな~。」と言いながら変だと思ういろいろな単語を披露してくれた。娘のフランス語訛りの怪しげなドイツ語は、確かに美しいとは言えず、奇妙に聞こえた。私はドイツ語を勉強した経験がないのでさっぱり分からないが、母音の多い明るい感じのする言語が好きで、ドイツ語はその範疇には入らないとも密かに思っている。

 私が学習した言語の中で、音声的に一番美しいと思っているのは、実はフランス語である。強く明るく堂々と語るにも向き、ささやくように、つぶやくように言うのにも向く言語であると思う。甘く切なくも語れるが、堂々と論陣を張ってもサマになる。それにデモ隊のスローガンやアジテーションで勢いよく叫んでいるのを耳にすると、主義主張を声高に叫ぶのにも適する言語であると思う。

 言語の音を美しいと感じる、感じないは個人的な好みの問題で、上記の私のフランス語の音声に対する評価に全く賛同しない方が居ても不思議ではない。しかし今の私のフランス語の音声に関する愛情、愛着は、この言語に出会った頃には全く無かった。フランス語を学習しようと聞いたのはその昔のNHKのラジオ講座が初めてで、それがフランス語の音声との出会いであったわけだが、第一印象は決して芳しいものではなかった。もぞもぞ、ぼそぼそしていて、はっきりせず、間が抜けている!というのがその時の印象であった。この印象はその後何年も続き、当時の私はスペイン語がきれいで格好いいと思っていた。(今も思っているが。)

 フランス語を評価するようになったのはいつの頃からかはっきりしないが、10年ぐらい前、俳優がヴェルレーヌの詩を朗読する会に偶然参加し、詩の内容云々以前に音声の美しさに心を打たれた。その後、フランス語の音声的美しさを疑わないようになってしまったのだ。

 だからドイツ語が変だ、という娘に言った。「最初は変に聞こえるかもしれないけど、勉強しているうちに好きになることもあるよ。私はフランス語を初めて聞いた時は、間抜けに聞こえたけど、今はきれいだと思ってるんだから。」「なんでフランス語が間抜けなのよー。」と答えた娘だったが、今後ドイツ語の音を好むようになるだろうか。

 日本語の音声に対する外国人の評価はどうなのだろうか。母音が多くて明るくメロディアス、とアメリカ人が言うのを聞いたことがある。日本語-中国語の交換学習をしている中国人のJiaは日本語の音声的な美しさから、学習しようと興味を持つことになったらしい。なんでも日本語は意味など分からなくても優しく柔らかで、女性が話していると非常に美しく聞こえるのだとか。

 ちなみに私は失礼な話だが、中国語の音声は未だに美しいとは思えない。私の学習動機は音声とは別のところにあるのだ。中国語の美しさに魅せられた、という話を幾度か聞いたので、学習が進むに従って私の好みもフランス語の時のように変化していくかもしれないし、このまま好みが変化しない可能性もあると思う。

 イタリア語は、母音が多い言語が好きな私には音声的に好感を持ちやすい言語である。アラビア語の音声は全く好きになれない。(中国語とどっちが好きか、と聞かれるとかなり迷う。)アラビア語は普段街で耳にする機会もあるが、美しいとは思えない。ただ、アラビア語のラジオ放送を偶然聞いたことがあり、いつになく美しい、と思ったことがあるので今後評価が変わってくる可能性がないわけではないと思う。

 言語の音声、皆さんはどのような好みをお持ちなのだろうか。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

昨日から読み始め、今日読み終えた本

 短時間でさらっと読了した本だが一言書き残したい気になった。

  鶴太郎流 墨彩画入門 (角川oneテーマ21)
 語学に無関係に見える本だが、実は私の中ではちょっと関係している。

 この本は去年の春、日本に行っていた折に京都駅に隣接している百貨店内で著者の展覧会が催されていたので立ち寄った機会に購入した。その4年前ぐらいに日本に帰った時にロフトという店に絵葉書やポスターなどが大量に並んでおり、気に入ったものを買い求めたところ、後で片岡鶴太郎氏の作品だったと知った。片岡鶴太郎氏についてはよくは存じ上げなかったが、確かお笑いタレントではなかったか、という程度の知識はあった。「絵も描くのか。」と意外に思ったのを覚えている。

 京都での展覧会に行ったのは、たまたま近くを通りかかり時間があった、ということもあるが、この人の絵が好きだったというのが一番の理由だ。展覧会を出る時に何か記念になるものを買いたかったのだが、図録は重いしポスターはかさばる、旅の移動の妨げになるものは避けたかった、というわけで安価でハンディーなこの本を買った。絵は好きだが墨彩画を始めるつもりはなかった。

 昨日たまたまこの本を手にとって読み始めたのだが、実はこの本、墨彩画の説明はごく一部で、その他は人生論のようになっている。氏は40歳で突然思い立って絵を描き始め、誰かに師事することはなく、自己流で勉強を積み重ねていったという。芸能界の人脈などで早い時期に個展の機会を得た、重要な出会いがいろいろあった、など幸運に恵まれたとは思うが、人を動かす何かが氏の絵にはあった、ということでもあると思う。

 人に見せるために描かない、自分のために描く、(これを演技と重ねていて著者の経歴から説得力があるように思った。)魂の声に耳を傾ける、上手い下手は関係ない、とにかく描く、など絵だけではなく他のことの上達を目指す人にも参考になる言葉が多い。今までに聞いたことももちろん多いのだが、この人の書き方は体験に基づいていて説得力があると思った。

 なにより私もやろう、という元気をくれる本である。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

おしゃべりなイタリア人

 ラジオのイタリア語講座の会話を聞いていたら、昔パリに住んでいた頃、友達だったイタリア人エリザベッタの彼、リカルドを思い出した。

 大学で仲良くなったエリザベッタとはよく一緒にご飯を食べたり勉強したりしていたが、彼女と同居していた同じくイタリア人のリカルドは明るくて話好きな男性で、話題も豊富で楽しい人だった。エリザベッタに用があって電話をするとリカルドが出てくることがある。私が自分の名前を言うと

Oh, Mayuno!

と大声で叫び、べらべらと話が続く。15分ぐらいあれこれ話した後、やっとエリザベッタに代わるのが常だった。

 そんなリカルドが「もうフランスに住んでいてフランス化している自分としては、イタリア人は余計なおしゃべりが多くて我慢できない、と思うことがある。」と言った時は笑いそうになった。ローマでは一日一つの用事が済めばいい、と思っていないとストレスが溜まる。銀行に行った後、買い物をして、それから・・・と予定を立てていると絶対そのとおりにならない。銀行に行くとお客が長蛇の列をなしているというのに、窓口の銀行員は「奥さん、髪型が変わりましたねー。似合いますよ。どこの美容院ですか。」とか「犬の病気は治りましたか?」みたいは話をお客と長々とやっている。そういうのがサービスであり生活の潤いだと思っているので、長々待たされてやっと自分の番が来るとどの人もおしゃべりをしていてますます時間がかかる・・・。後ろでまだたくさん人が待っているのに余計な話で時間を取るなー、と怒鳴りたくなるのだそうだ。今では随分慣れたとは言え、フランスがすでに日本人の私から見ると仕事の効率が悪くてイライラするのだが、私がイタリアに行ったらリカルド以上にストレスが溜まるのではないだろうか。でもどこか憎めないのがイタリア人だと思う。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

変な活用の動詞

 NHKラジオの「まいにちイタリア語」では6月に入ってから動詞の変化をやるようになった。イタリア語らしくなってきたなー、と思いつつ復習をしていたのであるが、自主学習教材として使っているしっかり学ぶイタリア語―文法と練習問題 (CD book―Basic language learning series)でもこのところ動詞をやっている。今日やったのは動詞avereの活用。

 しかし、いつ見ても変な活用の動詞である。

         ho     abbiamo
         hai    avete
         ha     hanno

原形にはない“h”が頭にあるのがまず変なのだが、複数形の最初の二つには“h”がない。複数形の最初の二つが仲間はずれになるケースはフランス語にも見かけるので、まあこれはいいとしても、一人称複数 abbiamoでいきなり“b”が混ざってくるのも不思議だ。そしてまた二人称複数ではそ知らぬ顔で“v”に戻っているのも腑に落ちない。変な活用(つまり不規則)は他にもあるのだろうが、この動詞は特に変に思える。

 思えばフランス語のallerの活用も変わっている。(avere に相当するavoir も不規則だがallerほど変ではない。)

       je vais       nous allons
       tu vas       vous allez
       il va          ils vont

大学の外国人向けフランス語講座で勉強していた頃、たまたま動詞partirをやっていたので、スペイン語圏の友達に向かって「なんかフランス語ってスペイン語と同じだなー。」とつぶやいたことがある。するとフランス語で私と共に苦労していた彼女は「これは同じだけど、動詞aller(行く)はスペイン語ではirだから違うわよ。」と言うのだが、「でも未来形はどうなのよ。」と言ったら「ほんとだー。同じだー。」と驚いていた。

 そうなのだ。allerの単純未来の活用は

    j'irai        nous irons
    tu iras    vous irez
    il ira      ils irons

語幹まで変わっていて同じ動詞とは思えない。どうしてこんなことが起こるのだろう。不思議な現象である。イタリア語でも同じようはことがあるのか・・・?ちょっと楽しみなような、やめて欲しいような・・・。まだ活用は直接法現在しか見ていないので、この先がちょっと怖い・・・。

 

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : イタリア語
ジャンル : 学問・文化・芸術

息子のチッチ、イタリア語でフライング

 メインブログでときどき紹介してきたが、わが息子、チッチ(8歳)は9月から学校でイタリア語をやっている。週2-3回授業があるようだが、なにしろ小学生のやり方なので、多分効率も悪く、文法はやっていないようだ。

 たとえばsono、 sei は知っているがessereは知らない、という勉強の仕方だし、「あなたはどんな服を着てるの?」「ズボンとセーター」というような会話を練習していて、何に使うのだろうか、と思ってしまったこともあった。もう随分前になるが、小学校の英語の授業を見学した事がある。そのときはHow many brothers or sisters have you got?という文だけで1時間費やしており、とにかく文単位で耳から教え込む教え方だった。こんな調子だから、チッチのイタリア語はやっていると言っても、大したことはやっていないに違いない、と思っていた。

 そんなチッチが新しく届いた「まいにちイタリア語」の4月号のテキストを見ながらCDを聞き、リスニング問題をやっているではないか。まだ放送が始まっていないというのに、週後半放送分のリスニング問題を7回分ぐらいまでもうやってしまった。「分かる。難しくない。」とチッチ。私はイタリア語が分かるより何より、日本語の説明を聞いて問題の意味が分かって答えられる、というところに感動した。そしてさらに感動したのは職業に関する表現をやっているときに、「あれ、分からなかった。」と言っていたことだ。こういうことは何も分からない時は言えないものだ。つまり他のことが分かっていてこそ、「分からなかった。」と言えるのだ。その後職業名が出てきたら、フランス語と似ていたので、すぐ納得していたのも面白かった。

 チッチは4月号は難しくないと豪語していたので、5月号も誘ってみようと思う。二人でどこまで続けられるかも楽しみになってきた。

 さらにネットでNHKのテキストを見ていた私に

Ah, il y a aussi le français? (あ、フランス語もあるの?)

と言ってきた。(日本語で言えー!)そしてすかさず続けて、

Mais on n'a pas besoin... (でも必要ない。)

確かにそうだ。でもこんなテキストやラジオ講座を通して、いろいろな言語を勉強する好奇心旺盛な日本民族を少しでも理解してくれれば、と思う。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : イタリア語
ジャンル : 学問・文化・芸術

Jiaの話 - 中国の子育て!

 Jiaは一人っ子政策の時代の生まれなので兄弟はいないらしい。今では両親が一人っ子の場合は、子供は二人まで持てることになった、という話を聞いた。Jiaは3年のフランス留学の1年目で、学位取得後は中国に帰るのかこのままフランスに就職するのか、まだ決めていないと言っていたので、「一人っ子だから両親や親戚が帰って来なさい。」って言っているでしょう、と言うとやはり、その通りらしい。

 他の中国人留学生仲間と話していて、みんな一様に言うのは「親のためなら中国に帰るのが良い、自分のためにはどちらがいいのか分からない、自分の子供のためならフランスに残るのが良い。」ということらしい。「中国では狭いアパートが普通で、こんな広い家には住めないし、勉強が大変で、フランスの子供の方がのびのびしていて幸せそうだ。」と言う。

 中国のことは分からないが、私自身はフランスの教育システムは、日本と比べて、一日のうち学校にいる時間が長く、休暇が長いので、これはよく出来る子と出来ない子の格差を広げるシステムだと常日頃思っている。普段は帰宅時間が遅いので、勉強が苦手な子供は宿題を済ませるのが精一杯で自習の時間が取りにくく、休暇中は子供に勉強させるよう配慮する親の子供は自宅学習をするが、勉強が遅れがちな子供ほど休暇中の自宅学習が難しく、親も教育に関心が薄いことが多いと思うからだ。

 中国では共働きが普通だと聞いていたのでJiaの子供時代の休暇はどう過ごしたのか、と思って聞いてみて驚いた。

 Jiaは幼稚園に入る前の2-3歳のころは一日中一人で家に居た、と言うのだ。本当なんだろうか。お父さんが昼食を食べに家に戻って来ていたので、昼食を一緒に食べ、午後は昼寝して、あとは近所の子供と遊んでいた、と言う。一人で昼寝に行くのか?家の戸締りは?

 幼稚園は午後5時半ごろまでで(フランスより過酷)、親が迎えに来るわけではなく、1.5kmの道のりを一人で歩いて通園していたとか。5歳ごろは確実に一人で通園していた記憶があるらしい。

 フランスでは幼稚園は親の送り迎え(幼稚園の玄関までではなく、教室の中まで)が義務付けられており、小学校高学年になると子供だけの登下校が許されているが、送り迎えをしている親が多い。高校生になっても車で送り迎えをしている親があるぐらいだ。

 Jiaの子供時代の中国は治安もよく、交通事故の危険も少なかったのだろうか。3歳の子を一人で毎日家で留守番させるとか、5歳児を一人で歩いて通園させるなど、今のフランスでは考えられないことである。(日本でも考えられないように思う。)

 一人っ子世代の中国人は甘やかされて育った人が多い、という話を聞いたが、この話を聞くと日本やフランスの子供に比べて、自立しているというか、ほったらかされている、という印象を受ける。宿題を親に見てもらったのも、ほんの短い期間だったらしい。6歳ぐらいになったら一人で勉強する、と言っていた。日本なら小学校の間は漢字の書き取りぐらいは親に見てもらうことが多いように思うし、フランスでは中学生の子供の宿題を手伝う親も多いようだ(中学校の保護者説明会で先生方が言っておられた。)地方や家庭にもよるのだろうか。Jiaの記憶も曖昧なのかもしれない。「2歳以下の時は保育園に預けられていたのか、誰かが預かっていたのか、どうしてたの?」と聞いたら知らなかったし。いくらなんでも家で一人で置き去りはないだろう。しかし、この「知らない」という事実(自分の小さい時のことは記憶にないのは分かるが他の小さい子供についても知らないということだ。)は、物心付いてから周囲に小さい子供がいない環境だった、ということが予想され、これが一人っ子政策の世代の特徴かもしれない、とも思った。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : フランスの生活
ジャンル : 海外情報

外国の文字に見えるらしい日本の文字

 日本語を勉強し始めた中国人Jiaが平仮名の「ぬ」「ね」「め」「も」を一目見て、言った。

「これは中国語と同じだから覚えやすい。」

私が怪訝な顔をしているとささっと草書風に文字を書いて「奴」は「NU」と読むから読み方も形も同じだ、と言う。さらに「め」は「女」、「も」は「毛」という文字だ、とも書きながら示してくれた。

 確かに平仮名は漢字を草書にして書き崩したものから出来ているわけだから、「奴」「女」「毛」という字の元はこれらの漢字だったはずだ。

「それは正しいのよ。」

と言いながら、思ったのは、私などは草書をほとんど知らないので、間違ってもこれらの平仮名を一目見て漢字に見える、などというようなことはない。なるほど漢字のみを文字とする国は教育が違うのか、漢字について詳しいのかも、と思った。

 これで思い出したのは以前、パリでチュニジア人の知人と日本料理のレストランに行ったときのことだ。テーブルに縦書きの毛筆で「おてもと」と書いた袋に入った割り箸が出てきた。それを見て彼は

「えー、アラビア語で書いてある。」

 それまで考えてもみなかったが、縦書き毛筆の「おてもと」は横にして見るとアラビア文字のようで、「ブー」で始まっていたと思うが、少なくとも半分ぐらいまではアラビア語で読めてしまう。

 イスラエル人が日本に来て「アメリカ」という字がヘブライ文字に見えた、という話も聞いたことがある。 「マニアック」と読め「ホモセクシャル」という意味だそうだ。

 誰しも自分の身近な文字として読むであろうから、当然のことなのだろう。フランス人は大抵英単語もフランス語読みしているし。

 こちらではアジア物産セールなどの催しがあると、店内の飾りとして日本の平仮名や片仮名が使われることがある。単なる模様なので別に意味はないわけであるが、ついつい、読んでしまい「どうして『た』?」「『谷バー』って何?」とか考えてしまう。時には知っている、ということは面倒なものである。

[PR] 台湾中国語翻訳

「小」と「老」

  中国では姓に「小」とか「老」をつけて呼び名に使うのは、なんとなく聞いて知っていた。「一冊目の中国語」ではこのどちらもが出て来ていて、どちらも「~さん」と訳されている。字面から見ても。同じということはないだろう、と思っていたのだが、大した重要性はないのか、どこにも説明は見当たらなかった。

 ところがフランス語のメソッド90の第一課に説明があった。「小」は18歳から20歳ぐらい、「老」は30~40歳ぐらいから、ということであった。随分大雑把な話だ。しかしこれでは、20代はどうなるのだろう。この間会って、先日北京からメールをくれたJiaの姓は「王」で、多分年齢は20代の真ん中ぐらいだと思うのだが、「小王」か「老王」かどちらなのだろう。話し手の年齢も関係すると思うのだが。70~80代の人から見れば30、40だって十分若い。私は自分より若い青年に「老」を付けるのは老人呼ばわりするようで抵抗がある。(中国語では「老」は単に敬意を表し、老人とは無関係なのかもしれないが。)

 今のところ、フランスの習慣に従って姓では呼んでいないので、どちらでもいい話なのであるが、やはり気になる。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 中国語
ジャンル : 学問・文化・芸術

天壇

 NHKラジオの中国語講座の今月号の巻頭グラビアは天壇である。外観と内部の写真が載っている。この建物については名前すら知らず、有名そうなのに全く無知な自分が恥ずかしい。


 そして写真をまじまじと見て、思う。この派手な趣味、中国の伝統的美的感覚には私はついていけないかも・・・。大体日本でも、東照宮とか平安神宮とかの赤と緑の毒々しいのはどうも苦手なのだ。


 フランスで言うなら、ロココの装飾過剰も好みではなく、ナポレオン関連の歴史建造物の内装によく見られる金を多用した装飾も成金趣味のようで嫌いだ。私って簡素な趣味なのかもなー。ごてごてと飾るのはどうもついていけない、と思うわけだが、この写真で見る天壇は、まさに私の嫌いそうな装飾なのだ。これって実物は美しいのだろうか。

[PR] 台湾中国語翻訳

紫禁城

 今のNHKのラジオ講座は中国を旅しながら中国語を学ぶという講座なので、観光名所の名前がいろいろ出てくる。


 前にも書いたが、英語やフランス語を習っていて出てくる観光名所はウェストミンスター寺院にしろ、自由の女神にしろ、エッフェル塔や凱旋門にしろ、行ったことはなくても写真などで見ていて、どういうところなのか大体知っていた。それらがロンドン、ニューヨーク、パリにあることも説明されなくても知っていたのだか、私は中国の名所は名前も知らないものが実に多いと気付かされる。一般教養の一部なのではないか、というようなものも知らない。


 今日は故宮。そういうものがあるらしい、という程度の知識だったのだ。で、焦ってテキストの始めのほうにある解説を読んでみた。これが日本語で書いてあるのに私には分かりにくく、頭が悪いのかも、と思えてきた。写真もないのでイメージもわかない。テキストの巻頭グラビアの写真は天壇でこれも北京にあるようだが、故宮の一部ではないだろう。


 故宮の説明だが、北京にあって博物館となっている、ということは分かった。で、何度も説明を読み返し、故宮というのは紫禁城らしい、と思った。その辺があいまいなまま説明文が書かれているのだ。無知な私が悪いってこと?こんなことも知らないって恥なんだろうなー。


 思えば私は高校で世界史をやったのだが、中国史のことはきれいさっぱり忘れている。私の中国史の知識は映画「ラストエンペラー」と数年前に読んだ「蒼穹の昴」という小説だけかもしれない。かといってあの長い中国史を勉強しなおしている暇なんてないよ。


 観光名所というのは自然の景観のみが目的な場合は別だが、多くの場合、歴史的名所であり、自然の景観+歴史的名所という場合も多いように思う。だから歴史を知らないと名所の意味が分からなくてありがたみがないのだ。やっぱりラジオ講座で名所めぐりをするにしてももうちょっと知ってないと楽しみが半減するよなー。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 中国史
ジャンル : 学問・文化・芸術

Jiaとの出会い。

 パリではパソコンで自分のブログの日本語を読むことも出来ず、激しい文字化けの中、自分が打ったフランス語が浮かんでいる、という状態で入力していたので、普通に入力できるのがうれしい。


 今日はRencontre avec Jia、もうフランス語はいいって。


 前にコメントで書いたが、日本語を習いたいと言う中国人の研修生で博士課程の学生でもあるというWANG Jiaが、うちに授業の相談でやってきた。夫の会社で研修していて3年の滞在予定で、3ヶ月前に着いたばかりだという。最初は英語で話していたが、フランス語も話すことがわかり、途中からフランス語になり、私は助かった。


 彼は日本語は1年前に大学で3ヶ月ほど勉強し、研修で日本へ行ったこともあるが、ほとんど使うこともなく、勉強したことはひらがな、カタカナ以外は全て忘れたから、全くの入門者と同じだと思って教えて欲しい、と言っていた。試しにひらがなを読ませてみた。苦手そうな濁音からいきなり始めたら、やっぱり迷っていた。大学で使っていた教科書を持って来てくれていたので見せてもらったら、既習事項は私の中国語と同じようなレベルだった。それも忘れたと言うから復習しながら、私も同じ内容を中国語で見ていこう、と内心思った。


 来週から2ヶ月ほど休暇で中国に帰るらしいので、授業は1月から、ということになった。私が彼の家に行くか彼がうちに来るか、相談することになっていたが、バスに乗ってくるので遠いかもしれないと思って私が行ってもいい、と言ったら、ここのほうが子供がいて楽しく家庭的だからうちに来たいとのことだった。いつも一人だから、かわいい子たちが3人も居てうれしい、と言ってくれて、子供たちと英語やフランス語や日本語で話していた。きさくな人で良かった。


 夫から私が最近中国語を始めたことを聞いたらしく、何をやっているか聞いてきた。そこでテキストを見せて説明。語学学習が好きな人なのか、興味を持って聞いてくれた。私が漢字で彼の姓を「王」と書いたら驚いているし、その他の簡単な漢字を書くと感心していて、今までに会った中国人と似たパターン。外国人は漢字を知らないと思っている。「こんなのは6歳のときに習ったのよ。日本語の漢字なんだから。でも中国語の読み方を知らないのよ。」と説明してようやくわかって来たらしい。


 それから何か言え、というので「一冊目の中国語」の例文を音読し分かるか試してみた。こんなことならもっとCDを聞き込んですらすら言えるようにしておけば良かった。ピンインを隠し、彼にテキストが見えないようにして、一つ一つ音読。通じなくて何度か言ったり、一発で通じたり、たどたどしく読むので聞いているほうは疲れるだろうが、私にはなかなか面白かった。それから私の苦手はzhi、chi、shiだと指摘してくれて何度も繰り返して発音練習をしてくれた。教えるのが好きな人みたいだ。ラッキー!


 この3つさえ押さえれば後はいいんじゃないか、というので、そんなことはない、とNHKのテキストを出してきて、鼻母音のところをやってみた。彼は四川省の出身だとかで、-ingの発音などが微妙に私がCDで聞いたのと違う気がした。彼の言うようにやってみて合格したのでそれでいいのだろう。地方にもよるので細かいところまでCDと同じでなくても良い、ということが分かっただけでもありがたい。中国は広大なのだ。


 それから一人で練習していてこれでいいのか、と疑問に思ったR化の接尾辞を聞いてもらった。私がたどたどしく一生懸命やっていると「すごく北京の発音だ。」と言われた。CDが北京語のはずだし、それしか聞いていないのだから当然かもしれない。中国人でも地方によって言い方が違い、北京のは特徴的なのだそうだ。(よくわからないけど。)だから私の発音で十分らしい。


 褒められたのはRe4の発音。「すごい、中国人でもこれはむずかしいんだよ。」と言われた。本当なのかな。


 というわけで協力的だし、忍耐強く何度でも言ってくれるし、適当なところで褒めてくれるし、Jia1は私の中国語の良き先生となってくれそうだ。


 1月まで自習するように、Jiaにたくさんの宿題を出した。ひらがな、カタカナが怪しいので全部覚えなおし。発音も変なものがあったのでCDを持っているらしいから、とりあえずそれで自習次に会った時にテストを行う。文法の既習事項を全て復習し、質問は私にメールする。文法が少し進んできたら、なるべく毎日簡単な文でもいいから三文ずつ作文してメールする。(私はそれを中国語にして返信しようと思う。)次に会った時に口頭でテストを行う。そして指定したテキストを購入し、できれば、既習事項のはずだから最初の方を見ておくこと。


 これだけ一人でやろうと思うと2ヶ月ぐらいはかかるはずなので、丁度いいと思う。


 私は下手だと言われたそり舌音を中心に発音の復習。「一冊目の中国語」の例文をもっとすらすら言えるように練習する。これを実行しようと思う。


 Jiaとの発音練習で気が付いたのだが、有気音、無気音の違いは変な技巧を凝らすより、素直に清音、濁音でやったほうがいいみたいだ。[d]と[t]なんて正にそれで、素直に濁音でやったらすぐ合格した。なるほど。この方が楽だし、これでいこう。(彼の日本語の濁音は私には濁音に聞こえないことがあり、なんだかお互い様。)


 それから私はフランス語の悪い癖が染み付いてきていて[ti]を「チ」のように言ってしまう。これでは[qi]のようになってしまうのでまずい。わざとらしく「ティ」というのがいいようだ。


 やっぱりネイティブと会うと勉強になるなー。教えるのが好きそうな人なので運が良かった。中国の伝統文化や各地方の違いや料理の話もしたい、と言っていた。どちらが先生だか分からない。学習環境が整ってきたぞ。


 1月に会う時に進歩が見えるように勉強に励もう。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 中国語
ジャンル : 学問・文化・芸術

テンプレート変更!

  今年のテンプレートのテーマはパンダ、と決めて、パンダのテンプレートをコレクションしていたのですが、このきのこが可愛かったので、掟(?)を破ってしまった。前のテンプレートはほうきに乗ったパンダがかわいかったのだが、黒っぽくて暗いし、ハロウィーン自体もあまり好きでないので、早々に止めにした。こっちのほうが明るくていいですね。


 中国語は今使っている教材が私には合わないと思うのでなんだか停滞中。


中国語と同時にNHKのラジオ講座で英語の復習をしようと思ったのだが、面白くなくてすぐ挫折してしまう。4月に「徹底トレーニング」というラジオ講座のテキストとCDを買い、これでやってみようと思ったのだが、評判の良いこの講座、どうも会話の内容が面白くなくて、「英会話上級」に変えては見たが、こっちもすぐ飽きてしまった。


 自分に関係ない話を聞いて繰り返したり、など退屈になってしまう。大人になったということなのだろうか。私の英語はNHKラジオ講座で育ったようなものなので、なんだか変わってしまった自分がショック。中国語は初心者なのでCDのあとに繰り返すのだって楽しいし、リピートして聞いたり、分からないリスニングを聞くのも「難しいなー。」とか言いつつ楽しんでいるのだ。


 なぜ英語は中国語のようにできないのだろうか。フランス語も実はNHKの講座はテキストを見ただけだがだるい。こっちはまだ理由が分かる。フランス語は周囲にあふれており、わざわざCDなど聞く必要も感じないし、テキストの内容だって解説されなければ分からないものではないからだ。


 でも英語はそうではないはず。周囲に英語なんてたまにしか聞こえないし、昔は字幕なしでも楽しめたアメリカ映画が、今はいつの間にかフランス語字幕を見ている。つまり聞き取れなくなっているのだ。自分が話すのはさらに駄目。気が付くとフランス語になっている。中学レベルの簡単な単語も考えないと出てこなかったりするし、著しくレベルが落ちており、ラジオ講座が簡単すぎるってことはないはずだ。


 英語学習教材の何が嫌かと言うと、いろいろなイディオムや表現を有難そうに説明しているのが疲れるのだ。知っている場合も知らない場合も同様に疲れる。もう私は英語は勉強できなくなってしまったのか。興味がなくなってしまったのか。そうなのかも。忘れているわりに目新しさがなく、こんなのも知らなかった、という気になる。英語が必要なときもときにはあるので、そういうときに最近練習していなかったから、と思ったりはするが、そのときだけで終わってしまう。どうしたものか。


1)もう英語のことは忘れる。


2)我慢して教材をやる。


3)やりたいことだけをやる。


3)がいいように思うのだが、やりたいことがないのよー。多読・多聴は暇がなさそうだし。絶対読みたい本・聞きたい番組でもなければ無理。うーむ。少読・少聴でやってみようか。なんだテンション低い・・・。

[PR] 台湾中国語翻訳

海外在住者の悔しさ

  今日、るもんがさんのブログ(リンクのリストにあり。)で今年の10月号からNHK中国語講座のd-テキストが発売になったと聞いた。前は英語しかなく今月から中国語も出来たと知り、かなりうれしかった。英語には音声付のテキストも出ているが、中国語は音声はない。それでも280円ぐらいで紙のテキストの定価より安く、配送料が要らないのでかなりの安価な上に届くのを待つこともない。海外在住者に打ってつけのサービスである。


 そこで販売サイトに飛び、試しに読めるかやってみた。無料で一部を見ることが出来るのだ。必要ソフトのインストールもスムーズに運び、日本語版のWINDOWSに対応しているというテキストファイルを恐る恐る開く。うちのWINDOWSはフランス語版なのだ。じゃーん。問題なく読めるではないか。


 これはいい!早速今の定期購読が切れたらテキストだけダウンロードしよう。CDは音声が付くようになるまでは取り寄せなきゃ・・・。


 こんな話を夫にすると、テキストをプリントアウトするとインク代などがかかる、とか言っていくらぐらいになるとか計算していた。結論。それでも航空便でテキストを送ってもらうより安い。


 いよいよ注文方法などを見始めた。でも、でも、でも・・・、そうだったのだ・・・。海外発行のクレジットカードは支払いに使えないのだよ。なぜにー?前もこれで断念したことがあったのを忘れて舞い上がっていた。


ショックー・・・。


 海外に住む者にとってこそメリットの多いこのデジタルブック。小説や趣味の本だっていろいろ出ているようなのに、クレジットカードが海外発行だから使えないって、どういうこと?海外のクレジットカードでも支払えるお店はたくさんあるのに・・・。


悔しーい!

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

なーんだ。

 NHKラジオのテキストとCDが届いたので先取りして明日からやろうと思ってどこからやるか探し始めた。今まではペース維持のために日付にこだわっていたのに、日付は無視して先取りすることに決めたのだから、ここで最初から正直にやってはいけないのだよ。知らないことが書いてあるところからやらなければ、すぐ講座に追いつかれてしまう。


 そこで見たみたが、え?ステップ13?10月22日放送分?なーんだ。それだけしか進んでないのか、私の勉強。分かってたけど、やっぱりちょっとがっかり。


 しかもこれはJiaさんがブログに載せていた文章じゃないか。そうか再放送なんだ。


 中国の世界遺産を回る旅をしながら、中国語の基礎を学ぶというこの講座。中国の名所など、何も知らない私は、ついでに有名な観光地などについて知ることができる、ということでちょっとうれしかった。だけど、何ですか。写真なしで、説明だけ?これじゃどんなところか分からないじゃないの。ネットなどで勝手に調べて欲しいってことか。よーし、やってやろうじゃないの。と、思っていたら、最初のグラビアのページに写真が載っていた。なーんだ。(今日二回目。)


 これで例文を勉強しながら、名所めぐり。フランスにいたらこんな講座でもしない限り、こんなことしないのだ。中国語独学の楽しみの一つとしよう。

[PR] 台湾中国語翻訳

これって進歩?

 昨日ネットで中国語字幕の日本語のドラマを見たが、字幕が前より読めるようになっていた。前は意味は分かるけど読み方を忘れた、ということばかりだった。といってもまだ単語や表現レベルの話で、文法が進んでいないので文全体がわかることは少ない。もう少しやればもっとわかるのだろうと思うと楽しみだ。ドラマを見ながら中国語の復習、良い手である。

[PR] 台湾中国語翻訳

厠所 

  トイレという意味のこの言葉、学生時代友達が日本人で助かった、と言っていたのを思い出す。


 彼女は中国語は何も知らず中国へ一人旅に出かけた。西安の駅でトイレを探していると突然「厠所」という矢印の看板が目に入り、これに違いない、と矢印についていった。そして着いたところには、毛筆で「男」「女」と大書してあり、ちゃんと間違えずに入ることが出来た、とのことであった。確かに漢字を知らずにはまずトイレだと分からないし、偶然わかっても男女を間違える可能性もある。


 これで思い出したが、大学時代、友人が「さっき、外国人留学生が『トワレット、トワレット』って叫んでたんだけど、どういうことかしら。」と言っていたことがある。「トイレのことでしょ。」と言った私であるが、その人はその後果たしてトイレに行けたのであろうか。


 

[PR] 台湾中国語翻訳

手紙

 テキスト「ときめきの上海」に各課の終わりに、小話やエッセイのようなものが付いている。そこで日本語と同じだか意味が違う言葉の話があって例としていろいろな語が挙げてあった。


老婆 = 妻 これは困る。


小心 = 気を付ける。 なるほど。


工夫 = 時間、暇  どうして?


という具合に見ていると楽しい。が、これは学習には迷惑な話である。分かっていると思って勘違いしてしまうことになる。英語でフランス語に似ているのが意味が違う、ということがあって勘違いしてしまう、ということはよくフランスの英語教育で言われているが、日本人にも中国語相手だとそういういうことがあるのだ。なんだかうれしい気がするが、喜んでいては多分いけないのだろう。


 パリ大学で言語学を専攻していた頃、同じクラスに台湾人で徐麗松と名乗る男の子が居た。ある日、私が休憩時間に日本語で手紙を書いているのをのぞきこんで、「この単語はどういう意味か。」と聞いてきた。手紙という単語だったので「フランス語でLettreだ。」と答えたら、カラカラと笑って「それは中国ではトイレットペーパーのことだ。」と言う。そのときは、そんな馬鹿な、と思ったが、このテキストのリストに「手紙」が入っており、「トイレットペーパー」と書いてある。やっぱり、麗松の言うとおりだった。手紙の冒頭に「お手紙ありがとう。」と書いてあるのを見て質問されたのであるが、確かに手紙の最初を「トイレットペーパー」で書き出していたら、意味を問いたくもなるだろう。

[PR] 台湾中国語翻訳

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

まゆの

Author:まゆの
1991年よりフランスに住んでいる。いろいろな言語をかじってはいるが使い物になるのはフランス語と英語だけ。中国語に限らず独学は初めて。こんなところで一人で何ができるのか挑戦してみようと中国語を始めるも思うように進まず、勉強を継続するためにこのブログを立ち上げた。その後、前に少し勉強したが忘れ去っているアラビア語とイタリア語も少しずつやり始めた。現在は、時間的な事情と学習環境が作りやすいイタリア語に集中することにして、あきらめずに続けている。メインブログとしてフランス語とフランス生活のブログを運営している。

2010年10月からしばらくイタリア語に集中することにし、

現在のメインテキストは
Allegro 3. +CD. Libro dello studente ed esercizi
その他、自主学習用にいくつかの参考書や問題集を使用している。

カテゴリー
最近の記事+コメント
ブログ内検索
最近のトラックバック
リンク
管理者ページ
RSSフィード
FC2カウンター
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。