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「母語」という言葉

 「母国語」という言い方が一般的だった中で「母語」という方がより適切だと聞いたのは20年以上前の話である。言語と国が一致する地域は地球上には意外に少なく、国籍と言語は必ずしも一致しないから、というのが「母語」という言い方の方を好む理由である。

 「国家」という概念から自由になったこの「母語」という言い方は、英語のmother tongue 、フランス語ならlangue maternelleにより近いように思われる。

 母国語、母語、と言われて、まず私が思い浮かべるのは「一番自由に使え、自分らしくあれる言語」である。これは必ずしも母親の言語とは一致しない。しかしフランス語で言うところのlangue maternelle、「お母さんの言語」は、一般的には「母親が話す言語」である。世の母親の一人である私には大変誇らしい気のする言葉である。

 高校の教員をしていた時に英語の成績が芳しくない生徒がおり、英語の先生が

Poutant c'est sa langue maternelle. (お母さんの言語なのに・・・。)

ともらしていた。彼の母親がアメリカ人だったからである。

 そうなのだ。だからフランスで生まれ育っている私の子供たちの母語langue maternelleは日本語である。私が日本語の話者であるのと合わせて、私は努めて日本語で子供を育ててきた。子供たちの日本語レベルがどうであろうと、私が死んだり失踪したり絶縁するようなことになっても、母語が日本語であるという事実は一生変わらない。そう思うとちょっと嬉しいと同時に「だったら恥ずかしくない程度に日本語が出来るようになっておけ。」という気にもなる。

 ところで男女同権が叫ばれて久しいが、「父語」というのは聞いたことがない。フランス語ではlangue paternelle「父親の言語」という言い方が全くないわけではないと思う。しかし男性には失礼かもしれないがlangue maternelle「母親の言語」とは重要性も知名度も比較にならない。世の中には自分の言語を子供に教えようとバイリンガル教育に奮闘しているお父さん方もおられると思うので不公平な話であると思う。

 私は今は子供に日本語を教えようといろいろやっているが、一生教え続けるわけには当然行かないだろう。子供だっていつかは独立する。だから日本語の種を蒔いて芽が出るぐらいまでは世話をし肥やしも渡しておいて、それを大きく育てて花を咲かせるのも、枯らすのも後は本人次第、というぐらい思っている。ただ枯れても根か枯葉か何かは残ると思うので、母の言葉が全く消滅することはないだろうと思っている。

 こんなことを思いながらクリスマス休暇中の息子を捕まえて漢字を教えたり、下の二人に日本語の絵本を読んでやったり、長女には日本語の漫画を買い与え、日本語のビデオを録画したり、とあの手この手でなんとか日本語を伸ばそうと努力しているわけなのだ。

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外国に住んでいれば外国語が上達するのか。

 最近外国語学習についての本を続けて読んだので、私自身もあれこれ改めて考えてみることになった。最近読んだ本にもこのことが少し取り上げられていたが、

「外国に住んでいれば外国語が上達するのか。」

答えははっきりNOである。

 日本に住んでいて留学経験もないのに英語を話すのが結構上手い人を何人も知っているし、逆に1年以上留学していたはずなのにさっぱり、という人もいる。日本に居た頃、在日15年で奥さんが日本人で子供も日本語を普通に話すのに挨拶程度の日本語しか知らない、というアメリカ人を知っていた。日本語は難しくて覚えられない、と言っていて勉強する気が全くないように見えた。

 フランスに来てからはパリ在住24年という日本人に会ったことがある。その人は「フランス語は結構わかっちゃうので今更ちゃんと勉強する気になれなくて、かえって上達しないの。」と言っていたのだが、そのフランス語の下手さたるや驚くべきレベルだった。上手、下手の評価の対象にすらならないように思えたからだ。話の中で

「『ジュ・シー・ジャポネ』と言ったのね。」

という下りがあったのだが、その発音が美しくないのは仕方がないとしても、女性なのに平気で男性形を使っているのはどういうことか。24年パリに住んでフランス語に男性形と女性形があることを知らないとは、24年間何をしてきたのだろうか、と驚いた。知っているのについつい言い間違えてしまう、ということは外国語ではよくあることだが、この文に限っては知っていれば間違えないと思うのだ。日本人なら勉強の初めに覚えるであろう文で、24年間知っていながら言い間違え続けているとは考えにくい。さらに、「日本語がとっさに出てこなくて・・・。フランス語で書いたほうが早いわね。」と言いつつ書いていたのが全てカタカナで、ますます「この人のフランス語って???」という気分になった。

 だから結論、「ただ長く外国に住んでいても上達しません。」

 しかし当時はただ驚いていて気がつかなかったが、今思うとそれでもこの人は「フランス語は結構分かる。」と思っていたわけで、このことは検証に値するように思う。

 「結構分かる。」ということはそもそもどういうことなのだろうか。本当に分かっているのか当時は疑わしく思ったので何がどのように分かるのか尋ねなかったのが残念だ。(でもまあ、聞いても答えられなかったかもしれないけど。)想像するに、フランス語を使っての買い物などには困らない、何か話しかけられても自分に直接関係あることなら意味が大体分かる、ということなのではないかと思う。つまりアウトプットのレベルは低いがインプットの理解力はある、ということではないだろうか。フランス語で読書をしているようには見えなかったが、日常会話ぐらいは聞いて分かるのだろう。ただ本人が分かったと思ったことが本当に正しいかどうかは分からないので、最低分かるような気がする、ということか。

 訂正する。「外国に長く住んでいると外国語が大体分かるような気がするようになります。」

 しかし、四半世紀を費やしてこれではあまりにも頼りないではないか。やはりただ長く住むだけではなく習得の努力が必要なのだ。そしてそれはその国に住んでいなくても出来る。

 フランス人でも外国語が上手な人がいる傍ら、「留学していないから下手なの。」という人に会ったこともある。留学する機会があるならしてみればいいが、留学できなかったからと言って下手の理由にはならない。留学する前に本国で出来る勉強をしっかりしてから出発したほうが留学の効果が高まるし、留学しないと出来ない、と言っているようでは留学しても大きな成果は期待できない。

 世の中にはとにかく子供を外国へ行かせれば外国語を完璧に習得して帰ってくると思っている親がいるようで、フランスにも多額の費用をかけて子供を外国に送り出している親がいる。もちろん留学をきっかけに語学力が伸びることは大いにあるが、100%絶対というわけではない。こんなことから私自身は外国語習得のためにとりあえず子供を外国に送り出す、というのはやめよう、と思ったりしている。それなりのやる気や目的意識、留学前の基礎学習があってからのことだ。

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外国語学習に成功する人、しない人

 最近待ち時間に白井恭弘著の「外国語学習に成功する人、しない人」という本を読んだ。

  外国語学習に成功する人、しない人―第二言語習得論への招待 (岩波科学ライブラリー)
 
 外国語学習法の本ではあるが、最近の学習理論をコンパクトにまとめてあるので、外国語の学習者ばかりでなく教師や外国語教育に関心のある親や学生にも良い本である。

 この本の著者も指摘しているように、「成功」の定義が曖昧なのだが、ある程度のレベルになった人、ということらしい。

 外国語だけではなく何かを学ぶ時に動機が重要だということは明らかだ。動機は大きく分けて2種類だが、総合的動機付け(その言語を使う国が好きだ、その国の文化に興味がある、など)と道具的動機付け(昇進や昇給に必要、テストで良い点を取りたい、など)とどちらが重要なのか、という点に以前から興味があった。研究結果では短期的には道具的動機付けが良い成果をもたらし、長期的には総合的動機付けが成果につながるようだ。納得のいく話だが、この二つの動機は本書でも指摘されていたが、はっきり分けることは出来ず、最初はテストの得点や仕事のためにやっていたが、次第にその国の文化にも興味が出てきた、ということも多いと思う。

 本書の中で今まで知らないで来た点の指摘があり、私の注意を引いた。学習者の外国語能力がまだ一定のレベルに達していないうちに無理に話させると、学習者は母語に頼って母語の文法を適当に当てはめて変な外国語を話すことになり、それを続けていると、それが固定されてしまう、という話だ。外国語のクラスでは学習中の基本文型や既習事項で間に合う内容で出来る会話のモデルに従って練習していくことになるので問題ないだろうが、外国人同士で無理に話したり、学習者自身で日記をつける、というようなことで起こるのだろうか。私自身は外国人同士で話していて練習になったという経験を多く持つので、この問題がどういうケースで起こるのか分からないでいる。

 「知っているのに使えないでいる知識」についての項もあった。これは誰もが経験のある話ではないだろうか。「学習」=「習得」ではない、ということだが、研究者の中には「学習」が「習得」に変わることはない、と断言する人もいるらしく、それは悲観的すぎるように思う。初めは知識として得たことを実践を通して身に付けていく、というのはものを学ぶときの典型的パターンではないのだろうか。

 あと、ショックだったのは「外国語を話しているときは頭が悪くなる。」ということが実験で検証されているらしいことだ。外国語レベルを高めないと、言語処理に忙殺されて脳の機能が下がる、ということらしい。英語の研究発表を聞くときは内容を理解するので精一杯で発展的な質問事項など出てこない、という経験をしたことがあるが、なるほどそういうことだったのか。

 もっとすごいのは「教えることで効果はあるのか。」という問いだ。そりゃああるでしょー、と言いたくなるが、研究結果でも「教えた場合の方が教えない場合より効果が高い」、という結果が出ているそうだ。一安心・・・。外国で適当に子供を遊ばせておけば外国語を覚える、というのも場合によりけりで、やはり教えた方が習得が確実で早められるであろう、ということだ。

 付録にある外国語学習のコツには、今までにいろいろなところで聞いてきたことや私自身が思っていることがまとめて書いてあった。「文法」については基本的なもの、つまり文を作れるレベルまでマスターするのが良い、とあり、これは私が中国語の文法の勉強の目標として考えていることなので、嬉しく思った。

 しかし、この本、分かりやすい内容で読みやすいのはいいのだが、値段が高い。1100円なのだが、時給(?)換算するといくらなのだろう。すぐに読み終わってしまったので、ついついこんなことを考えてしまった。

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中国語の“怎么”

   ここのところ続けて使っている学習書「中国語をマスターするための中国語文法」(この本については→こちら。)になるほど、と思ったことが書いてあったので、ここにメモしておこうと思う。

为什么  = 怎么

 同義語だということだが、 “怎么”は“为什么”ほど原因やりゆうを強く聞く気持ちがないので、この方が角が立たない、という説明があった。こいうことはちょっとしたことだが、中国人と会話をするときには知っておいたほうが良いだろう。先日来ていたJiaが「パリに住む友人が勤めていた銀行から解雇され、彼女とも別れた」と言うので、「どうして分かれたの。」と聞くのに“为什么”を使ってしまった。あまり立ち入ったことを聞くのはどうか、と思いながら、まあ本人ではないし、中国語の練習だし、と思って言ってみたのだが、“怎么”の方が良かったのだろう。Jiaは何も言わずに理由を説明してくれたが。

怎么不来? これは「なぜ来ない?」であるが、

怎么来? これは「なぜ来る?」と「どのように来る?」の二つの意味がある。

なるほどと思う。

不怎么。 = 不太,不大

これは知らなかった。

 さらに昨日読んだ部分には

“在 ・・・・・”は動詞の前に置く、とある。それは知っていた。しかし次のような例文があって興味深かった。

请写在这儿。   ここに書いてください。

请在这儿写。 ここで書いてください。

“写在”と一つの動詞のように覚えても良い、というアドバイスがあった。一つの動詞のような扱いを前に見たことがあり、“在”は前置詞ではないのか、と疑問に思ったことがあったので、いろいろな考え方があるのだと分かっただけでも参考になったと思う。

 この本は他のところでも、こういう説明をする教科書もある、というような解説があり、親切だと思う。

 明日以降、一月始めまで、この本で引き続き勉強していくつもりだ。

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中国語文法の復習の本

 しばらく前のことだが、中国に住んでいたので中国語を勉強していたという友人が「この本が良かった。」と言って小川郁夫著、「中国語をマスターするための中国語文法」という本を貸してくれた。

  中国語をマスターするための中国語文法

 普段学習書を選ぶ時は、練習問題が多めで上手くまとまっていそうな本を求める傾向にある私は、貸してもらわなければこの本を使うことはなかったと思うのだが、この本が思った以上に良い本だった。

 まだ20課中、12課までしか勉強していないが、細かいことよりも大事な点を分かりやすく書くことを目指しているようで、読んでいて分かりやすい。全ての文法事項を網羅しよう、という気負いがないらしいのが、かえって私のような初級者には要点が掴みやすくて助かる。説明も表などを多用してビジュアルにまとめよう、などという現代的な試みはなく、つらつらと説明文が続くのだがこれが意外に読みやすく、読み物感覚で読み進んでいける。

 練習問題が少ないと思ったが、さらっと練習問題をやって次の章に進めるというメリットがある。今まで習った文法事項を復習しつつ文法を概観し、自分の位置を確認したい、という目的でこの本を始めたのだが、偶然とは言え、悪くない選択だったと思う。

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カトー・ロンブーの外国語学習についての本

 以前このブログのコメントで言及された方がいらっしゃったので、取り寄せて読んでみたのがこの本、カトー・ロンブー著「わたしの外国語学習法」である。

わたしの外国語学習法 (ちくま学芸文庫)

 有名な本らしいのだが知らないでいた。しかし、この本、特別内容が難しいわけではないはずなのに、読了するのに妙に時間がかかった。訳がこなれていないのである。試験の和訳じゃあるまいし・・・と言いたくなる、いかにも翻訳しました、という文が多すぎて読みにくかった。

 それはともかく、この本の内容だが、学習法よりも通訳の仕事についてのエピソードの方が多いように思われた。それはそれで面白かったので、まあいいのだが。

 さて学習法についてだが、やはり生半可なことでは外国語は習得できないな~、と思わざるを得ない。何もこの本に限ったことではないが、「○○勉強法」というのは大抵、出来そうでいて出来ない、分かっているのに実行できない、ことが書いてあるものなのだ。だったら読むな、ということになるのだが、ついつい読んでしまう哀しい習性なのだ。

 しかしせっかく読んだのだから、具体的に参考になったことをここにメモしておこう。

 学習言語の本をとにかく読め、という勉強法は多い。(シュリーマンも確かこの方法を推奨していた。)しかし何を読むのかまでは書いていないことが多いが、この本には例が挙げてあった。フランス語の場合André Mauroisがお奨めらしい。恥ずかしながら知らない作家で、書店で探してみたが見つからなかった。ネットで探してみるか・・・。しなやかで自然な文体なのだとか。ぜひ読んでみたいものだ。

 さて読み方だが、この本が挙っているところでは辞書を使わずに読み進め、とは書いていない。それどころか

「作品としつこく付き合うだけの辛抱強さがあり、幾度も幾度もそれを分解し、また継ぎ合わし、再びズタズタに切り裂いては、元通りに戻してみるということをやっていくならば、そこから実に多くのことが学べるはずです。」

と書いてある。確かにそうだろうが、気軽にできる勉強法ではないだろう。

 単語の暗記法、という章があり、コンテキストから切り離さず覚えろ、と書いてあったように思う。「単語の暗記」というものを意識してした経験が少ない不真面目な学習者としては、自分のやり方というものが確立していないので参考になる点もあるかと思ったが、特別なやり方はないようである。

 「アルファベット順に順序立てしないような単語帳を自主制作すること」

というのがある。その単語を見たときの状況や気分が記憶に作用するからだと思う。これは単語帳という名前ではなく、特に制作する意図はないのだが、昔から私がやっていたことだ。ただ、書き留めてもその後見ることが少ないので活用できていないのだが。

 ラジオ放送を利用しての勉強法があり、これが参考になるかもしれないと思った。ラジオ番組のポッドキャストを利用するようになったので、勉強に使えないかと思い始めたからである。やり方は考えてはいたがまだ実行していないやり方に似ていた。

 聞いていて分からない単語に出会うとそれをノートに書き留め、放送終了後辞書で調べる。それからすぐにではなく一、二日おいてからその語彙を単語帳に書き込む。

 すぐ書き込まずに時間をおく、というところが良さそうだ。このことで同じ語に2度触れることになるからだ。

 さらに録音したものを、その時点で必要な限りのことをそこから絞り出しきるまで何度も聞き、消さずに取っておく。

 私のポッドキャストは一度聞いて「ふーん」と思ったら消しているので、勉強用にしようと思ったポッドキャストは語彙を調べ保存するといいかもしれない。

 これを実行するには、何度も聞くに堪えうる内容の教材があるか、ということにかかっている気がする。つまり難しすぎては使えないし、簡単すぎても駄目だ。聞いていて分からない単語が一つぐらいでは何度も聞く気はしないだろうし。

 発音に注意を集中する。

 自国にいて独学の場合、ラジオ番組の自然さは練習になると思う。語学学習用の不自然な録音ばかり聞いていては上達しないと思うからだ。

 学習に利用できそうに思うポッドキャス番組があるのだが、2-3分間のポッドキャストで知らない単語は一つか二つだと思うので実行できそうに思う。フランス語のラジオ番組で以前から面白いと思っていたのがポッドキャストできることがわかったのだ。いずれメインブログで紹介するつもりだ。私のイタリア語や中国語はこういう勉強をするレベルではないように思うが、きっとこの本の著者ならそういう余計なことは考えず、ラジオや原書に挑戦するのだろうなー。イタリア語はともかく中国語のラジオは苦しそうだ。

 そして外国語学習の10の教訓というのがある。抜粋、要約してみる。

① 外国語は毎日学習すること。全く時間がないなら最低10分はやること。(これはやっていると思う。)

② 学習意欲が減退しているときは自分を鞭打たず、別の形でやる。(学習を完全にやめなければいいと思っているので、これも自然にやっていると思う。)

③ 文脈から引き離して覚えこまない。(これは覚えこむ努力をそもそもしていないのでやっていない。)

⑤ あらゆる物事を頭の中で訳してみること。(これは昔やっていたことがあり、有効だと思うが、初級レベルの外国語では実行しにくい。)

⑧ 四方、八方から同時に襲撃せよ。(一つの本だけコツコツやる、とかそういう大人しいやり方では進まないだろう、と最近考えていたところで、まさにこれだ。)

⑨しゃべることや誤りを恐れず、直してくれるように頼み、直されてもいじけない。(これは重要なことだ。しかし、しゃべる機会に恵まれ、直してくれる人がいる環境にいる学習者でないと無理だ。)

⑩ どんなことがあっても自分は目標を達成できるのだ、と固く確信する。(これは語学学習に限らず何かを成し遂げるために必要なことだろう。しかし目標が特にない私はどうなる?続けるのが目標なのだが、それじゃ甘いな。)

 というわけで、「学習法」と言ってもコツコツ努力する以外に特別なことはなく、誰でも出来るようで出来るものではない、といういつもの結論に至ってしまう。世の中、そんなに甘くはないのだよ・・・。とにかく勉強するしかない、ということだ。

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Jiaが帰ってきた

 一昨日メインブログに初登場したJiaだが、中国から戻ってきて、昨日交換授業を再開したので報告したい。

 前日に別のところで(メインブログ参照)会ってたので、前日についての話題などをたどたどしく中国語で言ってみた。それから最近雪が積もったりしていたので、彼の故郷、重慶では雪がたくさん降るのか聞いてみた。“雪”の発音がなぜか悪かったらしく一回で通じなかった。文法的にも間違っていたのかもしれない。返事は「寒いけど雪は降らない」とのことだった。ちなみに夏も暑いらしい。内陸だからだろう。

 例のフランスで出版されたメソッドの本文に香山が出てきた。知らなかったので何か聞くと北京の郊外にある山で、红叶 hong2ye4で有名だと説明してくれた。(あと外国に行きたい若者が祈願するお寺もあるんだそうだ。)そのことから、夏はフランスの方が快適だからこちらに居て、フランスの秋は短くて不毛なので、紅葉の美しい日本や中国に行くのがいい、という話になった。

 北京の大学では専門の勉強で忙しく、故郷に帰ったら家族や友達と一緒だったので、日本語を勉強する時がなく、すっかり忘れてしまった、と言っていたJiaだが、それほどでもなく、いつものペースをすんなり取り戻したように見えた。私もNHKラジオ講座を聞く以外は大したことはしていなかったが、この日、テキストの会話を音読した後、Jiaに中国語でテキストの内容について質問してもらったが、質問の聞き取りも出来、考えながら自分の言葉で答えられたと思う。Jiaに会ったばかりの頃は、中国語で文を作って言うことはほぼ不可能で、単語レベルでも発音が悪くて通じない、という状態だったので、それを思うとかなり上達したのかもしれない。まだまだだけど・・・。

 発音を特に直された単語は“热”。日本語の「あつい」の意味を尋ねられたので言ってみたのだが、通じなくて漢字を書くはめになった。私の発音はri4に聞こえたらしいのだ。何度も言い直して合格をもらったが、今一人で言ってみるとまた出来ていないように思う。あー、やっぱり中国語は発音が難しいなー。(発音だけじゃないけど。)

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iPodとiTuneってやっぱり便利

 1ヶ月間、仕事で忙しかったのでブログを休んでいたが、それでも語学学習だけは続けていた。毎日の通勤中にNHKラジオ講座の録音を聞く、など最低限のことしか出来なかった日も多かったが、何もしなかった日もほとんどなかったと思う。

 この忙しい間、大活躍していたのはiPodである。通勤のメトロ内でラジオ講座の録音を聞くのはもちろんのこと、過去の放送の録音を復習として聞いたり、前に紹介したイタリア語のCDのみの教材を聞いたりもした。

 そしてポッドキャストもかなり使ってみた。iPodを使うようになってからiTuneも使うようになり、数ヶ月前にiTuneのRadioというところをクリックするといろいろなラジオが聞け、さらにInternationalというところをクリックするとこんなにもたくさんの言語があるのか、と感心するぐらい、多くの言語のラジオ放送が聴けることに気がついた。イタリア語や中国語など、学習中の言語のラジオでその言語の歌を聴くのも楽しいものだ。さらに海外で生活してる私にうれしいのはJ-Pop専門のラジオ局の存在だ。アメリカのものなのか、DJはアメリカ英語だが、音楽は全て日本語だ。歌っている人やグループの名と曲の題名がローマ字で表示されるのも助かる。このラジオの機能はふとしたときに日本語の歌を聴くのに時々使い、子供にも聞かせたりした。

 このラジオは私の知るかぎり、録音が出来ないので、iPodの出る幕はないが、ここ2-3週間ポッドキャストを楽しんだ。iTuneのPodcastのところをクリックし、検索の欄に例えばChinese, Italianなどの言葉を入力し検索をかけると Learning Chinese やTaiking Italianといったポッドキャスト番組が見つかる。私が見つけたのは米語の番組ばかりだが、全て無料で、学習言語のレベルが低いせいか番組のナレーションの米語も簡単で、米語をリスニングしながら中国語の表現を覚えるという一石二鳥となる。アラビア語も見つけて聞いてみた。このようなポッドキャストだけで勉強できるとは思えないが、他の教材の補助として使えるのではないだろうか。iPodに取り込んだものをメトロの中などで聞いて楽しんだ。

 フランス語のポッドキャストもいろいろ試してみたが、これについてはメインブログで紹介するつもりだ。

 iTuneのポッドキャストは夥しい数なので、まだまだ発掘の余地はあると見ている。時間があるときにもっといろいろ探してみたいと思う。

 さらにiTuneで一曲だけ気軽に曲が買える、という便利さを味わった後、オーディオブックを買う、というの試してみた。たまたま安価な英語の本を見つけ、朗読をiPodで聞いてみた。これがまた嬉しい。本を開いて読んでいる時間がなかなか取れず、英語の読書が進まないでいたが、これだと作業をしながら聞くことも可能だ。騒音の多い環境では使いにくく、集中しないと理解できないものでは「ながら」作業が進まないので、使う環境や内容を選ぶことになるが、新しい可能性が開けたような気がした。

 私自身まだ使い始めたばかりで試行錯誤の途中だが、便利さを有難く思っているのでここに紹介させていただいた。なお私が使用しているのはフランスのiTuneなので日本のものとは少し違うかもしれない。日本のiTuneも見ることは出来るが、日本国内発行のクレジットカードを持っていないので、購入が不可能なこともあり遠ざかってしまっている。しかしポッドキャストは可能かもしれないので、近々見てみようと思っている。日本のラジオ番組のポッドキャストがあれば流行の歌などを子供と楽しむことも可能になるかもしれない。

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プロフィール

まゆの

Author:まゆの
1991年よりフランスに住んでいる。いろいろな言語をかじってはいるが使い物になるのはフランス語と英語だけ。中国語に限らず独学は初めて。こんなところで一人で何ができるのか挑戦してみようと中国語を始めるも思うように進まず、勉強を継続するためにこのブログを立ち上げた。その後、前に少し勉強したが忘れ去っているアラビア語とイタリア語も少しずつやり始めた。現在は、時間的な事情と学習環境が作りやすいイタリア語に集中することにして、あきらめずに続けている。メインブログとしてフランス語とフランス生活のブログを運営している。

2010年10月からしばらくイタリア語に集中することにし、

現在のメインテキストは
Allegro 3. +CD. Libro dello studente ed esercizi
その他、自主学習用にいくつかの参考書や問題集を使用している。

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