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字幕なしで映画を見ていた私なのに・・・

 Chez toiさんから「まゆのさんは映画を字幕なしで見ていたらしいのに、なぜ今そうなってしまったのでしょう。」という趣旨のコメントをいただいた。

 アメリカ映画を字幕なしで楽しめたのは随分前の話だが、本当のことである。飛行機で海外に行く際飛行機の中で字幕なしの映画を見て楽しんでいた記憶がある。(JALではないので日本語の字幕などなかった。)短期ではあるがイギリスに語学留学中にTV番組も見ていたし、演劇も見に行ったことがある。当然字幕などない。音声多重放送が出てきたころだったので、自宅のテレビで副音声の英語で映画を見ていたこともあったし、幼児番組とは言え、昔放送されていたセサミストリートなど普通に見て楽しむことが出来た。

 今セサミストリートを英語で見る環境には居ないし、その他のテレビ番組も英語のものを見たりはしていない。(見ようと思えばCNNとBBCは英語で見られるはずだが。)フランスに来てからは映画もあまり見に行かず、たまに見に行く時やテレビで見る時はフランス語吹き替えだし、近頃子供と見に出かけるアニメ絵画などは全てフランス語吹き替え版である。

 こんな環境の中で字幕なしでアメリカ映画を見ることなど忘れていたし、必要もなく、今も字幕なしで理解できるか、など考えたこともなかった。英語の映画が字幕なしで分かなくなっているのに気が付いたのは1年以上前のことだ。たまたまYouTubeで映画を見ていて、日本語字幕が出ていたので、字幕をずっと読んでいる自分に気が付いたのだ。

 さてここから、なぜこうなったか、ということを考えつつ、語学の習得について考察していきたい。

 世の中には「バイリンガルになる」という言い方をする人がいるが、バイリンガルというのは一度なったら一生もの、という種類の資格ではない。バイリンガルとは言わないまでも結構いい線行っていた筈の私の英語の例を見てもそうだが、前はもっと分かったのに忘れた、という経験を外国語で持つ人は多いと思う。つまり外国語というのは維持の努力を怠ると力が低下していくものなのだ。私のフランス語だってそうだと思う。今はフランスに暮らしフランス映画を字幕なしで楽しめるが、フランス語圏を離れフランス語を日常使うことが全くなくなって数年したら今のようにはいかないと確信している。フランスから離れたらフランス語の維持に努めない限り、少しずつフランス語の語彙はこぼれ落ちていき、話す習慣を無くし、聞き取りの力も落ちるはずだ。(しかしフランス語の耳は英語より日本語の耳に近いので落ち方は英語ほどではないのではないかとは思う。)

 つまり私は英語を維持する努力を怠ったのでこうなったというのが簡単な結論である。

 

 英語の上達よりフランス語の習得のために努力するようになったし、環境的にも英語を聞く環境ではなくなった(音声多重放送などフランスにはない。)ということであるが、全く英語を捨て去ったということではないこともここで言っておかなければならないと思う。フランスに来た当初はフランス語で長いものを読むのは不自由であったし、今のようにネットで日本語の本を買える時代ではなかったので、英語の本や雑誌を読んでいた。また大学の勉強のために英語の専門書を読むことも多かった。(単に参考文献が英語だったためだ。)

 英語を話すのが困難になっているのに気が付いたのは今から10年ぐらい前、イギリスに行ったときだ。中学初級程度の簡単な単語が出てこなくて焦った。それでも2日ぐらいでホテルや店、駅での自分の用事を英語でスムーズに済ませられるぐらいに回復はしたし、知り合った人と英語でいろいろと話し合うことも出来た。ところが日常会話は出来ても学術的な話に加われない、聞くのが精一杯という状況だった。(もともとの英語力が大したことがない、学術知識も浅い、ということでこれはあまり英語力が落ちたこととは関係がないのかもしれない。)

 さてここで字幕なしの映画に戻るが、私はもう字幕なしにアメリカ映画を見て理解するのは無理らしいが、英語のサイトは今も用があれば抵抗なく読めるし、英語の雑誌や本も興味があれば読む。100%完璧に理解しています、と言うつもりはないが、読んで分かるから読んでいるわけで、手も足も出ないわけではない。つまり英語の総合力は相当下がっているがゼロになったわけではないのだ。

 ここでまず思うのは話す、聞く力は使わないと下がりやすい、ということだ。映画は正に聞く力で、映像に助けられるとは言え、せりふがきちんと分からないと面白くない。

 さらに思うのは、英語の読書をしているとフランス語の語彙力に助けられる点が多々ある。抽象的で知的な語彙ほど英語はフランス語に似ているのだ。だが、映画で使われるような口語はフランス語は助けにはならない。イディオムやスラングを知らないと分からないし、英語圏の日常的言い回しも勉強していないので知らないものもあり、忘れたものも多い。 

 聞き取れなくなっており、聞き取ったところでその語や言い方を知らないわけであるから、映画がわかるはずがない、ということになる。

 ここまで書いてきたことから考えると、字幕なしの映画の理解というのは語学の習得の一面である、とも言える。映画は理解できても長い本は読めないということもあり得るからである。そして話す能力と聞く能力はちょっと習慣を失うとすぐ低下する。しかししばらくその言語に浸かっていると回復するのも意外に早いのではないかと思う。語彙もどんどん忘れるし、綴りなど簡単な語でも自信がなかったりする。しかし読む能力は衰えてはいても失ったりはしない。一度習い覚え、ある程度のレベルに達した外国語は完璧に忘れ去るわけではないのだと思う。

 私は字幕なしの英語の映画はあきらめることになったが、その代わりと言ってはなんだが字幕なしのフランス映画はOKとなり、フランス語を覚えたおかげでイタリア語が勘で少し分かるようになった。英語の抽象語彙もフランス語が助けてくれる部分がある。差し引き、大した損になっていないのではないか、と思っているところである。(この損得は価値観の問題なので、人それぞれかとは思うが。)

 

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テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

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まゆのさん、興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。ちょっと軽々しくコメントする気にはなれませんし、まゆのさんのメッセージをきちんと受け止めて、それに対して気の利いたコメントを返せる素養(経験)もありませんので一言だけ。

わたしは、中級者ならいざしらず、ある程度のレベルに到達したら、「数カ月」やそこらほっといても会話力を含め、語学(英語)力はほとんど落ちないと考えており(事実だと思います)、無意識のうちにそのような前提で前回コメントを付けました。しかし、そのブランクが数年におよぶとどうなるのかというのは、(1週間の米国出張をのぞいて)日本を出たことのないわたしには想像のできない世界です(日本には英語があふれていますので)。

まゆのさんは字幕なしの英語の映画は「あきらめた」とおっしゃっていますが、ちょっとリハビリすれば戻るのではないでしょうか。たぶんちょっとした「冬眠状態」なのだと思います。

やはり言葉というのは日常的に維持する努力を怠ると(程度の差こそあれ)忘れてしまうものなのですね(「聴く・話す」の能力が落ちやすいというのは興味深い指摘です)。いま手元にある2冊の外国語学習関係の本でもメンテナンスの重要性が説かれています。ふと、「ロシア語など新しい外国語にうつつを抜かしている暇があったらもっと英語の勉強をしろ、バカタレ!」という天の声が聞こえてきます(笑)。さらに、自分にとって日本語、英語に続く「第3の言語」以降はいったい何の目的でどのレベルを目標に勉強するべきなのかと、改めて考えさせられます(人生は有限なので)。でも、外国語の学習は好きな人にとっては、それ自体が非常に楽しい行為なのですけれどね。(^^;

わたしは逆にフランス語を読むときに英語の語彙に助けられることがあります。ご指摘の通り、抽象度の高い(ラテン語起源の?)学術的な用語は英西仏などで共通していますね。

ざるで水をくむ

まゆのさん
外国語は習うのよりも維持するのが大変だというのは、まったく同感です。
私も今 3ヶ国語+1 やってますが、復習しないとすぐ忘れていく人間の能力(忘却力)は偉大だなあと思います(笑)。穴の空いたザルで、穴から水が落ちるより速く、水をくみ続けなければならないのに似ています。

でも思うのですが、学習曲線はレベルが上がるにつれて鈍化するので、学習が進んでスローになった言語と、始めたばかりで習うのが速い言語は、同時に学習するのは双方にとって害にならないばかりか、刺激になってよいと思うのですが、違うでしょうか。

私の英語は読んで書くばかりなので、映画を字幕なしで分かる状態ではなくなりましたね。やっぱり。

chez toiさんへ

大したブログではないですから軽々しくコメントされて一向に構いませんよ。

 そうですね。数ヶ月やそこらなら初心者ならともかく中級以上のレベルならそれほど力が落ちるとは私も思いません。私の場合20年近いので、さすがに力が落ちて当然ですよね。ただ万が一アメリカに引っ越したとしたら、英語初めて、というのとは明らかに違うとは思います。2-3ヶ月でもとのレベルに戻れるのではないか、と思っています。

 私の場合、フランス語はこれ以上勉強したところでなかなか上達しそうにない感じですし、それ以外の外国語は必要ありません。イタリアはともかく中国なんていつ旅行に行けるかわかりませんし、アラビア語も北アフリカのアラビア語圏はどこもフランス語が通じます。だから私の外国語学習は「道楽」です。目的なんて別にないので、何の目的で学習するのかという質問には「学習自体が目的です。」と答えることでしょう。でも旅行とかで役立ったらちょと嬉しいかも、という下心はあります。
 仕事でいるなど、必要に迫られてる人は語学ファンではないと思っています。

るもんがさんへ

  さるで水を汲む・・・私はうちの子供に日本語の漢字を教えているのですが、まさにそれですね。汲めども、汲めども流れ落ちてます。
 「習うより維持が難しい。」覚えたつもりが忘れている、ということも多いですしね。いや、でも習うのも難しいですけどね。
 学習曲線って確かにレベルが上がると上昇がゆるやかになり、限りなく水平線に近い感じになるわけですが、やはりはるかに下にある新しい学習言語も急カーブで上昇中、という気はしないので、「いったいいつになれば・・・」とため息が出そうになります。せめて中国語が英語ぐらいになればいろいろ使い出があり、学習した意味も出てくるんですけどね。
 新しい学習言語は物珍しく刺激になっていると思いますが、古い学習言語は刺激になっていないどころが新言語の学習に絶望感を持たせるような気がするんですが、私だけかな~。だから新言語と比較しないようにしているんですが。学習環境、かけられる時間、目的などがまるで違いますから。
プロフィール

まゆの

Author:まゆの
1991年よりフランスに住んでいる。いろいろな言語をかじってはいるが使い物になるのはフランス語と英語だけ。中国語に限らず独学は初めて。こんなところで一人で何ができるのか挑戦してみようと中国語を始めるも思うように進まず、勉強を継続するためにこのブログを立ち上げた。その後、前に少し勉強したが忘れ去っているアラビア語とイタリア語も少しずつやり始めた。現在は、時間的な事情と学習環境が作りやすいイタリア語に集中することにして、あきらめずに続けている。メインブログとしてフランス語とフランス生活のブログを運営している。

2010年10月からしばらくイタリア語に集中することにし、

現在のメインテキストは
Allegro 3. +CD. Libro dello studente ed esercizi
その他、自主学習用にいくつかの参考書や問題集を使用している。

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