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外国語学習に成功する人、しない人

 最近待ち時間に白井恭弘著の「外国語学習に成功する人、しない人」という本を読んだ。

  外国語学習に成功する人、しない人―第二言語習得論への招待 (岩波科学ライブラリー)
 
 外国語学習法の本ではあるが、最近の学習理論をコンパクトにまとめてあるので、外国語の学習者ばかりでなく教師や外国語教育に関心のある親や学生にも良い本である。

 この本の著者も指摘しているように、「成功」の定義が曖昧なのだが、ある程度のレベルになった人、ということらしい。

 外国語だけではなく何かを学ぶ時に動機が重要だということは明らかだ。動機は大きく分けて2種類だが、総合的動機付け(その言語を使う国が好きだ、その国の文化に興味がある、など)と道具的動機付け(昇進や昇給に必要、テストで良い点を取りたい、など)とどちらが重要なのか、という点に以前から興味があった。研究結果では短期的には道具的動機付けが良い成果をもたらし、長期的には総合的動機付けが成果につながるようだ。納得のいく話だが、この二つの動機は本書でも指摘されていたが、はっきり分けることは出来ず、最初はテストの得点や仕事のためにやっていたが、次第にその国の文化にも興味が出てきた、ということも多いと思う。

 本書の中で今まで知らないで来た点の指摘があり、私の注意を引いた。学習者の外国語能力がまだ一定のレベルに達していないうちに無理に話させると、学習者は母語に頼って母語の文法を適当に当てはめて変な外国語を話すことになり、それを続けていると、それが固定されてしまう、という話だ。外国語のクラスでは学習中の基本文型や既習事項で間に合う内容で出来る会話のモデルに従って練習していくことになるので問題ないだろうが、外国人同士で無理に話したり、学習者自身で日記をつける、というようなことで起こるのだろうか。私自身は外国人同士で話していて練習になったという経験を多く持つので、この問題がどういうケースで起こるのか分からないでいる。

 「知っているのに使えないでいる知識」についての項もあった。これは誰もが経験のある話ではないだろうか。「学習」=「習得」ではない、ということだが、研究者の中には「学習」が「習得」に変わることはない、と断言する人もいるらしく、それは悲観的すぎるように思う。初めは知識として得たことを実践を通して身に付けていく、というのはものを学ぶときの典型的パターンではないのだろうか。

 あと、ショックだったのは「外国語を話しているときは頭が悪くなる。」ということが実験で検証されているらしいことだ。外国語レベルを高めないと、言語処理に忙殺されて脳の機能が下がる、ということらしい。英語の研究発表を聞くときは内容を理解するので精一杯で発展的な質問事項など出てこない、という経験をしたことがあるが、なるほどそういうことだったのか。

 もっとすごいのは「教えることで効果はあるのか。」という問いだ。そりゃああるでしょー、と言いたくなるが、研究結果でも「教えた場合の方が教えない場合より効果が高い」、という結果が出ているそうだ。一安心・・・。外国で適当に子供を遊ばせておけば外国語を覚える、というのも場合によりけりで、やはり教えた方が習得が確実で早められるであろう、ということだ。

 付録にある外国語学習のコツには、今までにいろいろなところで聞いてきたことや私自身が思っていることがまとめて書いてあった。「文法」については基本的なもの、つまり文を作れるレベルまでマスターするのが良い、とあり、これは私が中国語の文法の勉強の目標として考えていることなので、嬉しく思った。

 しかし、この本、分かりやすい内容で読みやすいのはいいのだが、値段が高い。1100円なのだが、時給(?)換算するといくらなのだろう。すぐに読み終わってしまったので、ついついこんなことを考えてしまった。

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テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

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おはようございます

やはり外国語習得には勉強はしたほうがよいですよね。でも、その中味はどんなものなら良いのでしょうか?
母語でも、読み書き算盤は日常での使用のほかに寺子屋で教わる必要があると思いますので。

あと読み書きと聞く話すの割合はどの程度が良いのでしょうか。
両方とも多ければ多いほど良いのでしょうけれど。

お~読みましたか

実は白井君は私の知り合いだったりします。確かにこの本は高いですね。今度言っておきます(笑)。

最近出た、彼の「外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)」を図書館から借りてきて読みましたが、こちらの方がメジャーな新書でありながら、お安いです。タイトルが硬い割りに内容は分かりやすかったです。

とはいえ、どっちの本でも学者さんのいうことですから、自分に当てはめて解釈しなおしたほうが良いですね。私の動機付けは、その国でも文化でもなく、言語そのものなので、動機付けとしては弱いはずなのですが、意外としぶとく続いてますね。なぜだろー?

無理に話さないほうが良いというのは同感です。ネット上の中国の人がなぜか無茶苦茶な日本語を使うのは、使うことを急ぐあまりかなと思ったりします。頭が悪くなるというのもその通り。でもシンプルに考えるときはかえって良かったりして。

牛印牛乳さんへ 

  学習法についてはこの本の最後のところにまとめて書いてあります。
  やはり自然に分かるまで待つ、というのでは効率が悪いですよね。大人の学習者としては他の分野でも何らかの学習経験を持っているはずなので、ただ聞いている、とかその国に住む、というだけでは効果が薄いと思います。ただ、この本によると意味が分からなくても聞く、というのは効果はあるようです。(それだけやっていてもダメだとは思いますが。)
 読み書き、と聞く話すの割合については特に言及されていなかったように思います。
 私の個人的意見としては、聞くと読むを半々ぐらい、上級になってきたら読むほうを増やす、話すと書くはその人の環境や学習目的にもよるので一口には言えない気がします。入門期はインプットだけでアウトプットはなくてもいいかも、ぐらいに考えています。独習なのか教室に通っているのか、身近にネイティブがいるか、などによって変わってきますよね。

るもんがさんへ

 ほー、お知り合いなのですか。この本は他の専門書っぽい本に比べて安かったのでこれを買ったのですが、届いてみたら薄くてコンパクト、案の定すぐ読み終わってしまい、ちょっとがっかりでした。岩波新書のほうが値段が安いですよね。そちらも読んでみたいです。
 実験結果などはあくまで人工的なデータだったりしますし、研究結果も被験者や研究方法にもよるので、自分自身に当てはめると納得いかない場合もありますよね。
 無理に話す(書く)、というのはネット上でよく行われているのでしょうか。私はそのようなサイトは知らないのですが、変な日本語同士でいろいろ交流しても、間違った日本語が定着してしまいそうですね。ネットだと特に相手の正体が掴みにくいですから、ネイティブだと思っていたらそうではなかった、ということもありそうです。
 私はイタリア人が日本語で書いているブログを見たことがあります。19歳の女の子でイタリアの大学で日本語を勉強しているようなのですが、私が読んで意味が分かることが書いてありました。ただ、いろいろ間違っていましたけど。こういうブログは本人には学習動機になりますし、他の学習者にも励みになるかもしれません。でもあれを読んで日本語の勉強をするのはまずいです。そういう判断が学習者一人ではしにくいのが問題なんですよね。私は会話はともかく読み物はネイティブが書いたものを勉強するようにしたい、と改めて思いました。
プロフィール

まゆの

Author:まゆの
1991年よりフランスに住んでいる。いろいろな言語をかじってはいるが使い物になるのはフランス語と英語だけ。中国語に限らず独学は初めて。こんなところで一人で何ができるのか挑戦してみようと中国語を始めるも思うように進まず、勉強を継続するためにこのブログを立ち上げた。その後、前に少し勉強したが忘れ去っているアラビア語とイタリア語も少しずつやり始めた。現在は、時間的な事情と学習環境が作りやすいイタリア語に集中することにして、あきらめずに続けている。メインブログとしてフランス語とフランス生活のブログを運営している。

2010年10月からしばらくイタリア語に集中することにし、

現在のメインテキストは
Allegro 3. +CD. Libro dello studente ed esercizi
その他、自主学習用にいくつかの参考書や問題集を使用している。

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